2014年5月16日金曜日

平等院は世紀を超える

先日 あおいみみずくお気に入りのTV番組、BS朝日「京都1200年の旅」で、京都 宇治の平等院が取り上げられていました。
「平等院鳳凰堂」では平成24年9月から平成の大修理が行われていましたが、尾廊部分は引き続き9月まで修理作業継続ながら、今年3月末日に 屋根の葺き替え・柱などの塗り直しなど あらかた竣工したため、
平成26年4月1日より拝観再開となったようです。
昨年の秋、あおいみみずくが宇治を訪れた時には まさに修理の真っ最中。残念ながら その美しい姿を拝見することはできなかったのですが、修理に入る前年に訪れた際 撮影した写真をみつけました。


屋根に鳳凰を頂いて 阿字池にその姿を映し、岸辺にゆっくりと羽を広げてただずむ気品溢れる姿。
まさに建物自体に命がある…翼を休めに天から舞い降りた鳳凰のよう…思わず見入ってしまいます。
和様文化の真髄ですよね。なんて優雅…

平安時代の遺産「平等院」は、ときの権力者 関白藤原道長が 光源氏のモデルの一人と言われている 源融 (みなもとのとおる )が造ったと言われる別荘を譲り受け、その子 頼通 (よりみち) が 1052年に仏寺に改めたことが始まりです。
後に「鳳凰堂」と呼ばれる阿弥陀堂は、翌年の1053年に その堂内の「阿弥陀如来坐像」・"やまと絵"の描かれた「壁扉画」・52体の「雲中供養菩薩像」・周囲の「庭園」などと共に 現世の極楽浄土として落成されました。
本尊の阿弥陀如来坐像は、当時 最高の仏師と言われた「定朝」の確証ある唯一の遺作だそうです。
平安時代後期は 貴族による大規模寺院の建設が流行っていたそうで、当時の平等院にも多くの堂塔が建ち並んでいたという事ですが、1336年の 楠木正成と足利尊氏による戦いの兵火をはじめ、度重なる災害により堂塔は廃絶してしまったようです。
しかしその中で 鳳凰堂と、観音堂 (鎌倉時代に建設) が奇跡的に災害をまぬがれ 現代に平安の時を伝えています。
建物、仏像、壁画、庭園まで含めて 平安時代後期に建立された寺院がそのまま残存する平等院…
途中、荒廃してしまったものの、約1000年もの長い長い時間、よくぞ残っていてくれたと思います。


上の写真は、あおいみみずくがいつもお世話になっている先輩からお借りしたものです♡
計算し尽くされているのか、どの角度から見ても見事にバランスが取れていて なんという美しさ…
緩やかにカーブした屋根の曲線…
今から1000年も前、平安人(へいあんびと)の完璧なる美意識を感じます。
さすがに傷みも来てはいるようですが、少し朽ちた様子も 時の流れという薄衣を纏った感があり 、はるかな歳をを重ねたからこその 落ち着いた品格があります。
朝、阿字池を挟んで鳳凰堂の対岸に立つと、東に向かって安置された阿弥陀如来の顔は 堂に丸く開けられた窓から射す 陽の光を受けて 金色に輝くとか…見てみたいなぁ…。
庭園の開門は午前8:30ですから、日の出が遅い冬に行けば ひょっとしたらそんな姿が拝めるのかもしれません。

さて、この度の 60年ぶりの大修理によって、建物の表面は 平安当時の技法を使い、暗みのある赤の「丹土(につち)色」で塗り、(TVの画面で拝見すると、赤の色に深みがあり とてもシックで落ち着いた色合いに見えました ) 瓦もいぶしを使わない「古色仕上げ」とし、濃い墨色にして 創建当時にかなり近づけたという事です。
因みに これまでの調査から、平等院が現在のような総瓦ぶきになったのは1053年の創建から約50年後と推測されています。瓦ってそんなに昔からあったんですね…
今回の修理では、当時使われていたとみられる大阪産・河内系の瓦を復元し、約9割の4万5千枚がふき替えられましたが、驚くべきことに 平安当時の瓦がかなり良い状態で残っていたそうで、1500枚ほどは修理後もそのまま使用する事ができたようです。
また、屋根の上に据える青銅製の鳳凰と露盤(ろばん)宝珠は 緑青を落とし 金箔を貼り、かつてあった輝きを取り戻したという事です。
これから先、世界遺産としても後世に遺し伝えて行くものですから、かなりの思い切った修理も必要でしょうね。
「追求できる限り最も古い時代の鳳凰堂を目指し、極楽浄土を再現した姿に近づけたい」
というのが御住職の言葉だそうです。
新たに古くなった(?)現代における極楽浄土…実際に伺える日が楽しみです!

2014年5月10日土曜日

東京で栄西と建仁寺を満喫…のつづき

さて 前回、思わず「風神雷神図屏風」について語ってしまった訳ですが…
今回の展覧会の正式名称は、"栄西禅師 800年遠忌 特別展「栄西と建仁寺」"
様々な政治的妨害にも屈せず 日本に禅宗(臨済宗)を広める土台を築き、京都最古の禅寺「建仁寺」を開創した栄西禅師(1141~1215)の800年遠忌に因んで開催された展覧会です。
栄西禅師は留学していた中国からお茶の種を持ち帰り 栽培を奨励し、「喫茶養生記」を著して お茶の普及に努めた事などで「日本の茶祖」と言われています。(その辺りの事については、あおいみみずく11/4付のブログ「建仁寺の生垣」の回をご参照ください。)
で なんと今回、栄西が著した自筆の「喫茶養生記」の再治本を、実際に見る事ができたんです…感動!
( 喫茶養生記には初治本と再治本があり、展示されていたのは 自身が書き写した再治本です。)
最初から最後まで決して乱れない きっちりとした筆跡から、驚異的な集中力が偲ばれます。
そんな中「栄西禅師坐像」…というのを見て驚いてしまいました。
確かにその能力を彷彿とさせられます…というのは、その頭 ( 額 ) があまりにも長いというか、広いというか…
驚異的な記憶力を手に入れられるという「虚空蔵求聞持方」の修行をやり遂げた事により、身長が12cm伸びて、てっぺんが平な大きな頭になったそうな…ホントですか…?^_^;


この展覧会は本当に見応えがありました。
古田織部・松平不昧が大切にしていた 見事に美しい「油滴天目茶碗」や、小堀遠州が所持していたという「玳玻鸞天目(たいひさんてんもく)茶碗」との出会いは ちょっぴり茶道をかじっている あおいみみずくにとって 特に感動的でしたし、六道珍皇寺所蔵の「熊野勧心十界曼荼羅」に描かれた"地獄に落とされた人"のあまりにもあんまりな有様に、絶対にいい人になろう…と、決意したくなり…
そんな中で今回「風神雷神図屏風」と共に目玉であったのは 海北友松( かいほうゆうしょう )筆 による「雲龍図」です。
これは かつて方丈に飾られていた友松制作による全50面の襖絵から成る「建仁寺方丈障壁画」の一部で、玄関に最も近い位置にある「礼之間」という部屋の正面と左面を飾っていた 8面から成る襖絵です。
そこには阿吽(あうん)の双龍が大迫力で描かれているのですが、漆黒の暗雲の中から緩やかにとぐろを巻きつつ姿を現した二匹の龍が、寺にやって来る者を品定めしつつ出迎えているかのようです。
眼底に漂う好奇心と威圧感…何だか自分の心が見透かされているような気持ちになってしまいます。
この「雲龍図」を含めた「建仁寺方丈障壁画 」は「風神雷神図屏風」と同じく、いつもは京都国立博物館で保管されていて、建仁寺に行っても本物が出迎えてくれる訳ではありません。
因みに今回は、50面中41面もの障壁画がはるばる東京までお越しになっており、それだけでも凄い事なのですが、実際に これらを禅寺の空気感と彩光の中で 見る事ができたら最高なのにな…友松の世界観に囲まれ 浸ってみたい…
ただ、これらもCanonが協力して 高精細複製品を制作しているようで、今年2014年、栄西禅師「八百年大遠諱記念事業」の一環として 複製品ではあるものの、順次 方丈へ襖の姿で戻し 現地で一般公開されるのだそうです。
「竹林七賢図」16面、「琴棋書画図」10面、「雲龍図」8面、「山水図」8面、「花鳥図」8面から成る 「全50面に囲まれた方丈」…
うー!浸ってみたい 見てみたい!また京都に行きたくなっちゃった〜^_^;


それから ちょっとオマケのお話なのですが、先日 あおいみみずく3/21のブログ「伏見のお酒で乾杯」の最後に、"山本本家の「松の翠」"という 茶道 表千家宗匠の初釜で振舞われるお酒の紹介をさせて頂きました。「是非試してみたい…」と書いたのですが、その「松の翠」が なんと「栄西と建仁寺特別展」の"展覧会グッズ販売コーナー"で売っていたのですよ!ひゃーびっくり!(#^.^#) テレパシーが通じたのかしら…こんな所で遭遇できるとは…
モチロン買って来ましたよ♡ どんな味だろ…?ワクワク *\(^o^)/*

2014年5月5日月曜日

東京で 栄西と建仁寺 を満喫!

「建仁寺」はあおいみみずくが京都滞在中、その境内を何度となく横切らせて頂いたお寺です。
禅の教えでは「掃除」も修行。毎朝 完璧に履き清められた境内はチリひとつ落ちておらず、凛とした空気が漂い 樹々の香りが感じられる清々しい風が吹いていました。
ここは 俵屋宗達の「風神雷神図屏風」を所蔵しているお寺として知られています。ただ 所蔵はしているものの、実物は保存の為に 京都国立博物館に寄託されていて、実際に行っても見ることはできません。が、その代わりにキャノンが最新のデジタル撮影と高精度のカラーマッチングを行って複製した高精細の複製品が寺内で常時公開されています。
でも、やはり本物を見てみたい…
京都国立博物館内には保管されているものの、常設展示どころか滅多に見られるものではなく 京都にいても本物を見ることは叶いませんでした…



ところが、なんと 東京で見ることが出来ようとは!
現在、上野の「東京国立博物館」で開催されている 栄西禅師 800年遠忌 特別展「栄西と建仁寺」で、本物の「風神雷神図屏風」に出会うことができたんです!
近くでまじまじと見ると、雷神の表情や筋肉に沿って、胡粉( 貝の殻を細かく砕いて作られた白色の顔料 )が塗ってあり、見る角度によって微妙に輝き、立体感と共に 動きが感じられます。
雷神に髪の毛は強くて固そう。筆跡が勢いよく、全てが逆立っていて、いかに激しく動いているか想像できます。
対して風神の髪の毛は風を孕んで少し細く柔らかそう。身体はちょっと抑えた色味で、画面から飛び出してくる勢いの雷神から少し奥に存在し、やんちゃな雷神に合わせて背後から風をコントロールしている感があります。
そして、余白に張り巡らされた金箔が、光の当たり具合によって濃淡が出るためか、無限の宇宙の彼方へ誘うがごとき奥行きを想像させます。
なんという立体感と躍動感!
ただ、「屏風」は本来、障子越しの柔らかな光で鑑賞するものなのだそうです。

障子を通って射す早朝の薄明りから、夕日が沈んだ後の名残りの赤い光…刻々と移り変わる 自然と時間が織りなす天然の照明をうっすら遮る障子…そこを通った光がこの屏風に当たり、表情がどんどん変わって行く姿を是非見てみたい…
夜、一本の蝋燭の火がゆらゆら揺れて、その光を受け止める姿を見てみたい…
一本の蝋燭では光が射す範囲も限られているでしょう…照らされた金箔は煌煌と輝き、光が届かない部分は きっと真っ暗…大きな対比だからこそ、闇は深く 底なしの宇宙。
昼間は何処と無くユーモアを漂わせていたものの、揺れる蝋燭に限定的に照らされた雷神は 胡粉が作る煌きと共に 誘うような表情を浮かべ、ひょっとしたら 拐われてしまうかも…と、 何とも言えない恐怖感を感じさせる…風神は表に出ずに闇の中から風を起こし、暗い場所に連れて行く…

残念ながら 「国宝」なので、保管が厳しく、「硝子ケース越し」かつ「展示用の照明」の下での鑑賞だったので、そんな世界を想像するしかないのですが…
凄まじく想像力を掻き立てられるこの絵は、後に尾形光琳が模写し、その光琳の模写を江戸琳派の創始者、酒井抱一が模写し…というように後世の偉大な画家達にも連鎖的に大きな影響を与えているようです。


栄西と建仁寺ゆかりの国宝4件、重要文化財38件を含む、計183件を展示中のこの特別展!
あおいみみずくは およそ3時間かけて見て回りましたが、今回はなんと、同じく建仁寺所蔵、京都国立博物館に寄託されている、北方友松の「雲龍図」の襖絵( 阿吽の龍 )も同時に展示されていたのですよ!これまた大迫力!
あ、でも"阿と吽 二匹の龍 "が揃って見られるのは5/6までです。
それ以降は一匹いなくなっちゃうみたいなので、要注意!
もちろん二匹とも しっかり見て来た あおいみみずく。で、とても書ききれないので次回に続く〜*\(^o^)/*

2014年5月1日木曜日

小さなコンサート

先日、あおいみみずくの家でピアノのホームコンサートを催しました。
ホームコンサートって言っても、現在たまたま披露できる曲を仕上げにかかった生徒さん達が数人集まって内輪で催した小さなものです。
曲目も、ドビュッシーのベルガマスク組曲とか、ベートーヴェンのソナタとか、ショパンやシューベルトの小品とか…自分が弾きたいものを自由に選曲しています。
特筆すべきは、今回参加の皆さんは 30歳以上の大人の方々だったという事。それぞれが仕事を持ち、家庭を持っている方もいらっしゃいます。
音楽が好きで、日々の忙しい中、隙間時間を集めて地道に練習を積み重ね、何とか 他人に披露するところにまでこぎつけました。素晴らしい事だと思います。
顔見知りの中での ごくごく内輪の会だったのですが、演奏する時は 皆、緊張でブルブル震えていました。
やはり人前で披露する「場所」に、大きいも小さいも無いのでしょうし、「頑張った」と思えるからこその緊張なのでしょう。この一回にかける皆さんの真摯な想いが本当に伝わり、とても心に感じるものがありました。
30歳を過ぎて1から習い始め、今回 10年以上かかってドビュッシーに辿り着いた方がいらっしゃるのですが、会の前日、自宅でご主人に聴いてもらったところ、「90点。失敗しても、先に進むんだよ。」という優しい言葉をもらったそうです。良いですよね♡
皆 、技術的にはまだまだなのですが、自分の想いやメッセージを伝えるための「音」を持っています…本当に美しい「音」…これこそが素晴らしいと思いました。自分の生徒の事を褒めるのは、まったくもって手前味噌なのですが、ご容赦を…^_^;
演奏の後は、シャンパンとケーキ、サンドイッチでお喋りの会に。
只今順調交際中の生徒を思いっきりひやかしたりなんかして…何やってんだか…学生時代のノリですかね^_^;
ホールを借りてのよそ行きの会も良いのですが、こういうちょっとした会も 楽しくて 励みにもなるようですね。
これからちょくちょくやって行こうかな?と思います。

2014年4月26日土曜日

世にも美味しい初鰹

それにしても 人間、美味しいものを食するというのは幸せですね。
とびきり美味しい初鰹です^ ^
「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」
江戸中期の俳人 山口素堂のこの句は大変有名ですよね。
江戸時代、「初物を食べると75日長生きする」という言い伝えと共に、"特に「鰹」=「勝男」の縁起物「初鰹」を食べれば10倍の750日長生きする"と言われ、非常に高値となった時代もあったとか…
宝井其角は、「まな板に 小判一枚 初鰹」
なんて句も残しています。
安永五年(1776年)に出版された「初物評判福寿草」という初物番付では、最高位の「極上上吉」に 選ばれている初鰹…
「粋」の観念を大切にした"宵越しの銭は持たねぇ"江戸っ子達には「女房を質に入れてでも食べたい」などと もてはやされていたようです。まったく… ^_^;
初鰹は 初春の頃、フィリピン近海から黒潮にのって台湾~鹿児島沖 まで北上して来ます。そして青葉の頃に 千葉県沖に達したものが勝浦港へ水揚されます。
勝浦で水揚げされたばかりの初鰹…それを あおいみみずく達がいつもお世話になりっぱなしの知人の方が現地まで買い行かれ、「後は食べるのみ」の段階まで調理して お酒と共に我々の元に届けて下さった…そうなんです…頂いちゃいましたぁ!!ありがとうございます♡
「さっぱり爽やか。独特の鰹臭が全く感じられず、旨味のみ。こんな上品な鰹はこれまで食したことが無い!」
思わず いつもお腹を空かせた熊と同時に吠えてしまいました。いや、本当に美味しかった!
鰹の美味しい季節は春と秋の年二回あります。
春、黒潮にのって太平洋岸を北上する時期に漁獲された 爽やかでさっぱりとした味わいのものを 「初鰹」。夏の間に餌をたっぷり食べ、秋、水温の低下に伴い南下してきたところを漁獲した こってりと濃厚な味わいのものを「戻り鰹」 と呼びます。
鰹って、ちょっとクセが強くありませんか?ツウの人はそのクセというか、香りがたまらないと仰るのですが…
あおいみみずくはどちらかと言うと、脂が乗って こってりした「戻り鰹」より、さっぱりしていてクセの少ない「初鰹」の方が好きです。
それにしても今回頂いた鰹は、鰹臭全く無し!新鮮ってこういう事でしょうか?本当にびっくりしました。
鰹と共に、活きのいい鯵のお刺身も頂きました。これも美味〜♡
日本酒と一緒に頂いて…勝浦で揚がったばかりの鰹!鯵!生酒!もう 最高!
「初鰹」を季語とした俳句を今後毎年 必ず作ろうって決意しそうな勢いです!
本当に 世にも美味しい初鰹。ご馳走様でした*\(^o^)/*

2014年4月21日月曜日

京都の美味しい思い出〜鳥岩楼

「京都」に関しては これまで「訪問地の思い出」など 色々と綴って来ましたが「食べ物」についての記事はありませんでした…あ、お酒?お酒は食べ物ではありませんから…^_^;
で、今回は あおいみみずくが美味しいって思った「食」について語っちゃおうかと思います。
京都は美味しいものいっぱいあるから…まずは…そうだなぁ…
西陣の大報恩寺近くにある(宜しければ 2月19日のブログ「大報恩寺で異星人と会話する」をご覧ください)「鳥岩楼」かな?
「お昼」に 京都にしてはお手軽な800円という値段で「親子丼」がいただけます。
「夜」は水炊き専門の料亭のようで、下ゆでした鳥を スープ(井戸水を使って新鮮なあらを6~7時間煮込んで作ったものだそうな…)で炊いた「水炊き」が 6000円からいただけるようです…が、あおいみみずく それは未体験…^_^;
お昼の時間は12:00〜14:00まで。親子丼オンリーです。(聞くところによると、お昼でも予約をすれば水炊きもいただけるようですが…未確認)


古い町屋の風情あるお店の暖簾をくぐると、「◯名様〜!」と声が飛び、中庭が望める二階のお座敷に通されます。
ちょっと待っていると 何も言わずに親子丼が運ばれて来ます。
小ぶりな親子丼ですから 大食漢には向きませんが、いわゆる"鳥専門店"ですもの!…これが 優しい味で美味しい!
最初に食べた時は、
「これほど美味しい親子丼は生まれてこのかた食べた事ない!」
って 本当に思いました。二回目からは慣れたので、そこまでは思いませんが、それでも美味しい!
一緒について来るスープは 水炊き用のものらしく 鳥の旨味がたっぷりと凝縮され 白濁しています。滋味溢れる 素材そのものの味!
たまたま同じ時間にお店にいらしていた どこぞのおじさま(京都の伏見から来たっておっしゃっていたような…) が、
「うまいなぁ…ここは遠くから来る価値がありますよね。貴女はもう何度か?」と…。
その方は、美味しいものが大好きだそうで、京都 岡崎のおうどん屋さんとか、伏見のおでん屋さんとか色々教えて下さったので、いつか行ってみたいと思います。
美味しさのあまり、ついつい他人に同意を求めたくなる「親子丼 鳥岩楼」
近くには これも京都名物、「五辻の昆布」のお店もあります。
西陣、北野天満宮辺りの散策の際は是非!


オマケ…「鳥岩楼」の近くにある「五辻の昆布」のお店です。
昆布のような 謎の建物…?
黒い部分には 窓あるのかな?
中、どうなってるのかな…?

2014年4月16日水曜日

手前味噌^ ^

一昨年の10月に「精進料理教室」で仕込み、一年間寝かせるように言われていたお味噌…
大豆を茹でて プチプチと指で 根気良く丁寧に潰し、一方で塩と麹を 拝み手でよくよくよく揉み込みます。それらを混ぜ合わせたもの…いわゆる「お味噌の"素"」を ホウロウ製の容器に入れ  昆布を乗せて、階段下収納 (みみずく家には蔵が無いもので…^_^;) に放置!
「放置期間は一年」と教わったのですが、京都への行き来もあり 解禁が今になってしまいました。
…都合 半年くらい遅れたのですが、これって大丈夫なのかな…?
遅れた分、熟成してるの…かな…^_^;
教室で造った「お味噌の"素"」は、生徒4人で分けて、それぞれの家に持って帰って寝かせることになったのですが、「手前味噌」という言葉があるように、まったく同じに造ったものでも それぞれの家々に住みついている菌によって仕上がり具合が微妙に違って来るようです。
で、こちらの写真が、我が家の菌を取り込んで?出来た「自家製お味噌」です!どんなもんでしょうか…?
ホウロウの容器から 焼酎の空き甕に移してお洒落させてみました*\(^o^)/*


なんとなく色はそれっぽいです。
香りは、すごく…何と言うか…田舎の匂い…^_^;
「良い香り」とはちょっと違うんですよね…臭いと言えば臭い。
いつもお腹を空かせた熊さんは 家に帰って来るなり、
「なんか芳ばしい匂いがする…」
って言ってましたが、芳ばしい…?いや…思うに はっきり言って微妙です。寝かせすぎたかな…
恐る恐るお味噌汁にして食べてみました…と、口を揃えて
「うわぁ〜 美味しい〜!」
いや、本当に美味しいです!匂いはイマイチですが…
なんだか凄く甘いんですよ。大豆の優しい甘さがジンワリ…
身体に優しい、いわゆる 科学的とは対極にある甘さ…でも、香りは特徴的で、しみじみ味わう素朴な田舎の ほっこり丸い味。
造り方は簡単なのですが、潰したり 揉み込んだりを 思ったより丁寧にやるので、時間は結構かかります。でも、一年後、その努力が実を結び こんなに美味しいものが出来上がるのならば、今年も頑張って造ってみようかな…
「我が家のお味噌は"超"美味しいぞぉ〜!」
これこそ 正真正銘、すっかり手前味噌でございますが…*\(^o^)/*

2014年4月11日金曜日

桜の開花と昭和記念公園

今年もまた 昭和記念公園に桜を見に行って来ました。
2011年の東日本大震災で 福島の原子力発電所が大変な事になった事について、私も含め 日本国内に住んでいる人達は 緊迫感はあったものの何気に呑気に構えていましたが、海外に住んでいる知人からは
「こちらにマンションを買って みんなでシェアして住むという選択もできる!本気だから!」
みたいな切羽詰まったメールが複数来たりして…
海外在住の方々の方が、かなりシビアに捉えていたようでした。
そんな声が飛び交い まだ毎日のように余震が続いていたあの年の春、ふと 昭和記念公園に桜を見に行きたくなったのです。
冬がやたら長く、なかなか暖かくならなくて、気持ちも暗く不安感もいっぱい…
そんな時 訪れた昭和記念公園の風景は今でも心に強烈に残っています。
訪れる人もほとんどなく、ひっそりとした公園内…
寒い日が長く続いたせいか、遅くなった桜の開花と共に、名残の梅 菜の花 ボケ 雪柳、チューリップ ムスカリ 水仙に諸葛菜などが見事 一斉に咲き揃い、青い空の高い所にうっすらと刷毛ではいた筋目のような雲が浮かんでいて、暖かい春の陽射しが降り注ぎ、それまで見たこともないくらいに美しく、平和な風景が目の前いっぱいに広がってて…
そんな中、福島で放射性物質を飛ばし続けている原発を思い、東京には住めなくなるかもしれない…こんな風景を見るのもこれで最後なのかもしれない…と、ぼんやり思いながら、あの例えようもなく美しい光景を目と心に焼き付けていました。
あの日以来、毎年 桜が咲くと 春を確認しに 昭和記念公園に行くようになりました。
福島で文字通り命がけで頑張って下さっている作業員の方々、そしてきっと目に見えない力も働いたのでしょう…奇跡的に 今日 こうして無事に東京に住むことができ、変わらず桜を見る事ができ、とても嬉しく 感謝の気持ちでいっぱいになる今日この頃です。


ところで、日本には桜の三大名木というのがあるそうで、どれも樹齢1000年を超えるそうな…スゴッ(^◇^;)

[ 三春滝桜 福島県]
別名「滝桜」と呼ばれるように 下に向かって花が咲きこぼれる"紅しだれ桜"
1922年 国の天然記念物に指定
[神代桜 山梨県]
樹齢1800年とも、2000年とも言われる "江戸ひがん桜"
1922年 国の天然記念物に指定
ヤマトタケルが東征の際に植えたもので、日蓮上人が祈りによって 衰えたこの桜を再生させたという伝説がある
[淡墨桜 岐阜県]
樹齢1500年以上の"江戸ひがん桜"
1922年 国の天然記念物に指定
別名「淡墨桜」と呼ばれ、蕾の時は薄いピンク、満開では白、散り際は淡い墨色と色が変化していく。継体天皇のお手植えという伝説がある

ふむふむ…いつかは見てみたいな…

2014年4月5日土曜日

春!「皇帝」で伸びをする

先日、3月29日、赤坂のサントリーホールで行われた
「ユベール・スダーン指揮 東京交響楽団 定期演奏会」
に行って来ました。
演目は、
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第五番 変ホ長調 作品73「皇帝」
ピアノはゲルハルト・オピッツ
そして、シューベルトの交響曲第二番変ロ長調 D.125
でした。
しばらくぶりに「皇帝」を生で聴きましたが、豪華絢爛。すっきりと楽しめますね!
ベートーヴェンが協奏曲を書いたのは 彼自身の年表から言うと 初期から中期に至る時期に限られていて、この 第五番「皇帝」が最後となります。
あおいみみずく自身、最近は 少し枯れて来たのか、彼の後期と言われる時期に書かれた「ピアノソナタ」をしみじみと聴いておりましたが、たまにこのようなエネルギー漲るものを聴くと、頭でっかちをガツンとやられたようで、心が瑞々しいもので満たされます。しかも今は春ですし*\(^o^)/*
一楽章。素晴らしく派手な出だしで一気にマインドが解放され、青空に向かって大きく息をして背伸びをしたくなり…二楽章。主調から はるか離れたロ長調。曲自体 移ろいやすく、天上的・夢幻的な雰囲気が醸し出されていて 涙がこぼれそう。文句無しに美しい…ダイレクトに流れ込む三楽章では 思わず隣の人と手をつないて踊りだしたくなり…あ、というより 指揮台によじ登り、指揮棒を持って飛び跳ねたくなっちゃいます!
因みに「皇帝」という別名は、ベートーヴェン自身がつけたものではないようです。
この曲の「曲となり(?)」が、勇壮で あたかも「皇帝」連想させるようだからと、出版社のクラマーによってつけられた…いう説があったり。
いや、本当に勇壮であり雄大です。気分の良いお休みの日の朝に聴くと、一日中ハッピーに過ごせそう。このように、難しく考えずに音に身を委ねられる楽曲も良いなぁ…と、改めて感じました。


ピアノのゲルハルト・オピッツさんは、確か15〜16年前あたりだったでしょうか?NHKの番組で「ベートーヴェン ソナタ集」の演奏とレッスンをしてくださいましたよね。本当に素晴らしい番組でした…懐かしいなぁ…
ゲルハルト・オピッツの師匠はヴィルヘルム・ケンプです。「ケンプ」が弾くベートーヴェンピアノソナタの数々は、みみずく 小さい頃から何度聴いたことか…決して抒情にのめり込みすぎず、音楽をシンプルに淡々と進めていくケンプのベートーヴェンは、私にとってバイブルと言って良いものでした。
オピッツの今回のベートーヴェンも、とても誠実で 堅実で 伝統的(?)な演奏だったと思います。煌びやかさに流されることなく 全体的には品のあるベートーヴェンでしたが、オーケストラがひとたび音を離すと、飛び出したい!とばかりにエネルギーが溢れ、走り出しそうになる…おい、待て待て…と、オーケストラが捕まえる…オピッツさん自身は実年齢的には"若者"とは言われないでしょうが、その「時に溢れ出す音楽における若々しさ」を垣間見て、思わず微笑んでしまいました。
アンコールはシューベルトの劇付随音楽「ロザムンデ」からの間奏曲第3番…本当に美しい旋律。心に沁みますね…演奏会の最後はとても優しい気持ちになれました。
それにしても、久しぶりに赤坂に行きましたが 遠いですね…
東京こそ 楽しい所、素晴らしい所がたくさんあるのですが、何にしても広すぎる…
京都では ほぼ全て徒歩圏内でしたからね…ものぐさみみずくの住処としてはピッタリだったワケですよ…
でも あおいみみずく、たくさんエネルギーを頂いたので、これからの春を楽しもう!
都心でも何処でも出て行きますよ〜♡