2016年4月27日水曜日

さくらのはなし

ある春の日、片付けをしながら聞くともなしに聞いていた つけっぱなしのテレビから流れて来た 呟くような お爺さんの言葉…
「芽吹きの時、静かな山の中で聴くと、桜が水を吸い上げる音が聞こえるんですわ。ズーッズーッズーッて…」
手を止めて、思わずテレビの前に座り込み、いつしかその方の言葉に聞き入っておりました。
佐野藤右衛門さん。京都、嵯峨野にある 創業1832年の植藤造園 16代目当主で、日本を代表する桜守(さくらもり)の方です。御歳88歳。
京都  円山公園のシンボル、東山魁夷さんの描かれた絵でも有名な 祇園枝垂れ桜も、藤右衛門さんが守ってくださっています。
因みにこの枝垂れ桜は2代目。初代が昭和22年に樹齢220年で枯死する前、先代の藤右衛門さんがその種子をもらい受け 嵯峨野の自宅の庭に撒き 発芽させ、当代藤右衛門さんが生まれた日を記念して植えつけたものを、初代が枯死した後 同じ場所に植え替えた…という事で、現在 円山公園でその堂々たる姿を誇っている桜は、当代桜守、佐野藤右衛門さんとは双子のようなもの。
正式名称は「一重白彼岸枝垂桜」今年、88歳になる桜です。


藤右衛門さんはひょうひょうと語ります。
「染井吉野には種がつかない。だから鳥なんかを集める蜜も出ないんですわ。」
…どうりで、公園へお花見に行っても 蜂に襲われる事はないですよね。まさに観賞に特化した品種です。
そもそも桜の中で 親木の種から育つ、いわゆる300年、400年と「実生」できるものは、大島桜、山桜、彼岸桜のたった3種類だそうです。
染井吉野などを増やすには 接ぎ木での方法しかありません。接木が可能になるまでに育った桜から 細い枝を切り取り、台になる大島桜などに接ぎ木する。うまく着けば台木に取り付き 巻きついて成長する…のですが、あくまでも根っこは借り物です。そんな訳で どんなに太く大きくなっても「幹」と言われるものは、あくまでも「枝」なのだそうです。だから100年くらいしか もたない。
「桜は枝を枯らしながら大きくなって行くんですわ。で、こんな太くなっても、ある時期になれば枝やもんだから枯れんとしょうがない。それが定め。だから、枯れるものは美しく枯らしてやれってんですわ。」
桜守の仕事とは、ただただ桜を長生きさせるという事ではなく、木の寿命を感じて見守り、その生命を全うさせるという事なんですね…
接木にする枝 (接ぎ穂) が取れるのは 既に何十年か育った木からなので、接いだ時点で樹齢は既に30年とかそれ以上になります。そんな訳で、桜は代が代わる度に寿命が短くなるらしく…という事は、未来のある時点で 多くの桜の種は絶えてしまうのかもしれません。
染井吉野にしても、未来には滅亡してしまうのかもしれない…そんな予感もあって、桜を見ると何だか切なくなってしまうのかもしれません…


染井吉野に限らず、桜は守りをしないといけない木。光・土・水・鳥・まわりの木 のどれか一つでもバランスが崩れると弱ってしまう非常に繊細な木なんだそうです。そして、寿命の日を迎えるまで手塩にかけて守らなければならない。日本のあちこちで長く残ってきた桜は、その木のまわりに住む人たちの心づかいの中で生き延びて来たものです。
祇園枝垂れ桜にしても、昭和25年にジェーン台風という大型台風が来た時に、先代藤右衛門さんが暴風雨の中、木に登り しがみついて必死にに守ったとか…
桜というのは、人と持ちつ持たれつ。本当に密接な関わりがあってこそ花を開かせるもの。
自立して生きて行ける大木の生命力にも感動させられますが、人間と寄り添って生きて行く桜の風情といったものにも また、気持ちがじんわり暖かくなります。
桜は「人里にある木」なんですね…


「一番好きな桜の種類ってありますか?」
との問いに、
「ない!全部。わしは男やしな…男以外、女は全部好きや。それと同じように 桜はみな好きや。」
とお答えになった藤右衛門さん。
朝、一番早い日が差した桜には、素っぴんの女性の瑞々しさを感じ、沈む日を背にした桜には妖艶さを感じる。で、夜には白粉を塗った桜を愛でに行く…
「わしは今、花粉症ならぬ、しふん(白粉)症にかかっとんのや。」
つまり、夜は祇園の白粉(おしろい)姿のお姉さん方を見に行くのが大好きやと…(^^;;
そんなおもいっきりお茶目な もの言いも、桜守ならではといった感じ。桜守と桜の甘い関係…。なんとも粋な88歳の受け答えです。

嵯峨野にある藤右衛門さん私邸の庭は、春には無料で一般開放されているようです。約50種類の桜が鑑賞できますが、あくまでも私邸ですので ブルーシートを敷いての花見の宴などはできません。でも、純粋に桜をゆっくり愛でたい人にはかえって嬉しいのではないでしょうか。
夜にはかがり火が焚かれ、揺れる光にほのかに照らされた桜が幻想的な景だそう…行ってみたいなぁ…
桜をこよなく愛し 丁寧に育て守る人々がいる。そして その人たちの長年の慈しみによって、桜というものは格別の美しさを見せるのですね。

 ☆ 沈む日を背にしてさくら立ちにけり