(前回からの続き)
そして肉料理が運ばれてきました。ワインは赤になります。新しいグラスに注がれたワインを前に、あおいみみずくは一瞬トランシルバニア地方の逸話を思いだしましたが、白ワイン同様、上質の赤だったのでホっとしました。
すると上の階からけたたましい悲鳴が聞こえてきました。マリネリスとギョームは跳ねるように椅子を立ち、先を争うようにして階上へ駆け上がって行きました。さくらが何か怖い目に遭ったのだと思い、恐ろしくなりました。
しばらくすると、マリネリスとギョームに守られながらさくらが姿を現しました。聞くところによると、さくらは開口部から建造物の中に入ることに成功したものの、天井に吊り下げられた大蛇のオブジェに驚いたとのことです。そしてその大蛇が天井から落ちて襲ってきたと言うのです。
しかしマリネリスもギョームも、大蛇のオブジェは最初と同じように天井にあったと言いました。いったいどちらが正しいのでしょう?そしてさくらは精神的ダメージを受けていないでしょうか。いろいろなことが私の頭をよぎり、混乱しました。
さくらは宝来先生の隣りに腰かけ、震えていました。しかしさくらがキャッチアップするために運ばれた紅白のワイン、前菜、魚料理を前に、落ち着きを取戻して食事を始めました。
そうこうするうちに、さくらも肉料理に追いつきました。私達はさくらを元気付けようと、いろいろな話題を出し、しばらくの間歓談しました。その甲斐あって、さくらは明るい顔を取戻しました。
ワインを飲み切り、デザートに移りコーヒーを飲んでディナーも終わりに近づきました。このまま何事も起きなければ良いのに、と思っていた矢先、何とも名状し難い事が起こりました。
禍々しい絵が掛かっていた周囲の壁が突然消滅し、漆黒の空間が広がったのです。しかも絨毯を敷き詰めた床も消え失せ、同様に暗黒の世界が広がっていました。天井も消え、月も星も無い真っ暗な虚空が見えるだけでした。
あおいみみずくは椅子から転げ落ちました。下方の暗闇に真っ逆さまに落ちてゆくのかと思ったら、身体はそこに床があるかのように支えられていました。さくらと宝来先生は抱き合って恐怖と戦っていました。
禍々しい絵が掛かっていた周囲の壁が突然消滅し、漆黒の空間が広がったのです。しかも絨毯を敷き詰めた床も消え失せ、同様に暗黒の世界が広がっていました。天井も消え、月も星も無い真っ暗な虚空が見えるだけでした。
マリネリスとギョームは必至になって服のポケットをまさぐり、紙片を取り出そうとしていました。そして二人とも何とか紙片を手にすると、恐怖で狼狽しながらも「ンサイタ ウヨリ クア!」という呪文を連呼し始めました。
しばらく目をつぶっていたあおいみみずくが恐る恐る目を開けると、そこはだいぶ前に人が住まなくなったと思われる廃墟でした。私達はその地下にいたのです。そこには厚手の絨毯も、暖炉も、シャンデリアも、絵画も何もありませんでした。ただただ廃材があちこちに散らばっているだけでした。
そこには私を含め4人が立ちすくんでいました。マリネリス、宝来先生、さくら、そして私・あおいみみずくです。何とギョーム・サボリネールの姿がありません。念のためあちこちの廃材を持ち上げて、下敷きになっていないかと探したのですが、ギョームはどこに消えたのか、見つかりませんでした。
マリネリスは「ギョームは悪霊の邪気にあてられ、4次元の世界に封じ込められたらしい」と言いました。「彼は死んだわけではない。しかしこの世界とは別の世界で囚われの身となってしまったのだ」と説明を加えました。
私達4人はその妖異なる場から逃れ、自宅に戻り、これまでの生活に戻りました。正義の経理マン、テッツ・パーカスも退院し、普段の生活に戻ったそうです。しかしギョーム・サボリネールだけは未だに行方不明です。でもいつか彼も培った法力を駆使し、この世界に戻ってきてくれると信じています。
私達の冒険はまだこれからです。なぜなら現在は「月島ロケット」の構想がやっと絞り込まれてきた段階なのですから。構想を固め、サロン「月島ロケット」を開設し、営業を始め、そこでメンバーが妖術を尽くしてギョームを救い出すのが今後私達に課せられた命題であり試練でもあるのです。
ギョームよ、待っていて下さいね。