2016年4月27日水曜日

さくらのはなし

ある春の日、片付けをしながら聞くともなしに聞いていた つけっぱなしのテレビから流れて来た 呟くような お爺さんの言葉…
「芽吹きの時、静かな山の中で聴くと、桜が水を吸い上げる音が聞こえるんですわ。ズーッズーッズーッて…」
手を止めて、思わずテレビの前に座り込み、いつしかその方の言葉に聞き入っておりました。
佐野藤右衛門さん。京都、嵯峨野にある 創業1832年の植藤造園 16代目当主で、日本を代表する桜守(さくらもり)の方です。御歳88歳。
京都  円山公園のシンボル、東山魁夷さんの描かれた絵でも有名な 祇園枝垂れ桜も、藤右衛門さんが守ってくださっています。
因みにこの枝垂れ桜は2代目。初代が昭和22年に樹齢220年で枯死する前、先代の藤右衛門さんがその種子をもらい受け 嵯峨野の自宅の庭に撒き 発芽させ、当代藤右衛門さんが生まれた日を記念して植えつけたものを、初代が枯死した後 同じ場所に植え替えた…という事で、現在 円山公園でその堂々たる姿を誇っている桜は、当代桜守、佐野藤右衛門さんとは双子のようなもの。
正式名称は「一重白彼岸枝垂桜」今年、88歳になる桜です。


藤右衛門さんはひょうひょうと語ります。
「染井吉野には種がつかない。だから鳥なんかを集める蜜も出ないんですわ。」
…どうりで、公園へお花見に行っても 蜂に襲われる事はないですよね。まさに観賞に特化した品種です。
そもそも桜の中で 親木の種から育つ、いわゆる300年、400年と「実生」できるものは、大島桜、山桜、彼岸桜のたった3種類だそうです。
染井吉野などを増やすには 接ぎ木での方法しかありません。接木が可能になるまでに育った桜から 細い枝を切り取り、台になる大島桜などに接ぎ木する。うまく着けば台木に取り付き 巻きついて成長する…のですが、あくまでも根っこは借り物です。そんな訳で どんなに太く大きくなっても「幹」と言われるものは、あくまでも「枝」なのだそうです。だから100年くらいしか もたない。
「桜は枝を枯らしながら大きくなって行くんですわ。で、こんな太くなっても、ある時期になれば枝やもんだから枯れんとしょうがない。それが定め。だから、枯れるものは美しく枯らしてやれってんですわ。」
桜守の仕事とは、ただただ桜を長生きさせるという事ではなく、木の寿命を感じて見守り、その生命を全うさせるという事なんですね…
接木にする枝 (接ぎ穂) が取れるのは 既に何十年か育った木からなので、接いだ時点で樹齢は既に30年とかそれ以上になります。そんな訳で、桜は代が代わる度に寿命が短くなるらしく…という事は、未来のある時点で 多くの桜の種は絶えてしまうのかもしれません。
染井吉野にしても、未来には滅亡してしまうのかもしれない…そんな予感もあって、桜を見ると何だか切なくなってしまうのかもしれません…


染井吉野に限らず、桜は守りをしないといけない木。光・土・水・鳥・まわりの木 のどれか一つでもバランスが崩れると弱ってしまう非常に繊細な木なんだそうです。そして、寿命の日を迎えるまで手塩にかけて守らなければならない。日本のあちこちで長く残ってきた桜は、その木のまわりに住む人たちの心づかいの中で生き延びて来たものです。
祇園枝垂れ桜にしても、昭和25年にジェーン台風という大型台風が来た時に、先代藤右衛門さんが暴風雨の中、木に登り しがみついて必死にに守ったとか…
桜というのは、人と持ちつ持たれつ。本当に密接な関わりがあってこそ花を開かせるもの。
自立して生きて行ける大木の生命力にも感動させられますが、人間と寄り添って生きて行く桜の風情といったものにも また、気持ちがじんわり暖かくなります。
桜は「人里にある木」なんですね…


「一番好きな桜の種類ってありますか?」
との問いに、
「ない!全部。わしは男やしな…男以外、女は全部好きや。それと同じように 桜はみな好きや。」
とお答えになった藤右衛門さん。
朝、一番早い日が差した桜には、素っぴんの女性の瑞々しさを感じ、沈む日を背にした桜には妖艶さを感じる。で、夜には白粉を塗った桜を愛でに行く…
「わしは今、花粉症ならぬ、しふん(白粉)症にかかっとんのや。」
つまり、夜は祇園の白粉(おしろい)姿のお姉さん方を見に行くのが大好きやと…(^^;;
そんなおもいっきりお茶目な もの言いも、桜守ならではといった感じ。桜守と桜の甘い関係…。なんとも粋な88歳の受け答えです。

嵯峨野にある藤右衛門さん私邸の庭は、春には無料で一般開放されているようです。約50種類の桜が鑑賞できますが、あくまでも私邸ですので ブルーシートを敷いての花見の宴などはできません。でも、純粋に桜をゆっくり愛でたい人にはかえって嬉しいのではないでしょうか。
夜にはかがり火が焚かれ、揺れる光にほのかに照らされた桜が幻想的な景だそう…行ってみたいなぁ…
桜をこよなく愛し 丁寧に育て守る人々がいる。そして その人たちの長年の慈しみによって、桜というものは格別の美しさを見せるのですね。

 ☆ 沈む日を背にしてさくら立ちにけり

2016年3月12日土曜日

初めての落語会

今年は 歌舞伎鑑賞で始まり、その後、初句座・初釜と、日本文化三昧を送っておりましたあおいみみずく。で、歌舞伎では念願だった坂東玉三郎に感激した訳ですが…念願と言えばもう一つ!実は 落語の高座に初めてお邪魔して来たんです!
みみずくは 以前から落語には大変興味を抱いておりました。
なんといっても落語って、道具・音楽・衣装など、舞台装置には ほぼ頼る事のない極めてシンプルな それこそ「身ひとつ」の芸です。あらゆる物・場所を表現するのは 手拭いと扇子だけ。演じ手の話術や仕草のみで聴衆の想像力を掻き立る…まさに究極って言葉がぴったり!考えるだけでうっとりしちゃいます。この「限られた中で聴衆の想像力に委ねる」といった辺りが俳句と通じるところがあり…。あぁ、なんて魅力的(^^)
この度お邪魔した高座。会場は築地にある「鳥由宇」というお料理屋さんの二階でした。
二間続きの和室に設えられた黒い演台。障子のような衝立の前には綺麗な紫色の座布団とマイクが一本のみ…これだけ。なんてかっこいいんだろう…
時は平成28年1月23日。噺家は 真打ち 柳家さん正さん。「さん生ひとり語り」の始まりです。


演目は
  一、道灌(どうかん)
  一、粗忽(そこつ)の使者
  一、紺屋 高尾

三席とも いわゆる「古典落語」というものでしたが、ちっとも古く感じる事はなく、「今」のみみずくにもピンと来るものばかりでした。落語なんてまともに聞くのはこれが正真正銘初めてなのに…なんでだろう…。思い返すと、マクラによって徐々に時を超えた世界に引き込まれたような…。
落語は 「マクラ・本編・オチ」で構成されています。それぞれが独立する事はなく、一席のなかで一連の流れとして 話されます。
マクラでは、噺家さんが挨拶しながら その時々の時事ネタや時節等に触れつつ 観客との呼吸を図ります。また 特に古典の演目には、現代ではほとんど使われなくなった言葉や生活様式などが沢山登場するので、ここで演目について関連した解説や情報などを さりげなく知識としてご説明くださるのです。そして観客はいつの間にか時間を超越して古典の世界に誘われる…。あおいみみずくも知らず知らずに ふわっと江戸時代の人間になっておりました。
「ねえ ちょいと聞いとくれ。あそこん家のご隠居ってば…」
なんて、何だか噂話をしている長屋の奥さん連中の一員になっているよう…
噺の世界がまるで本当に自分の身の回りで実際に起こっているかの如き感覚になりました。
さて、今回の演目。
・「道灌」では、覚えたてのうんちくを語ってちょっと威張ってみたいものの、機会を作ろうにもなかなか上手く作れずに、かえって相手の無邪気な切返しにずっこけるという、あおいみみずくの現実にもかなり頻繁にあるお話(^_^;)
・「粗忽の使者」は、殿様の使者として屋敷を訪れた地武太治部右衛門が、口上を思い出せずに四苦八苦するお話。これは噺としても面白かったのですが、馬の背に後ろ向きに乗ったり回ったり。お尻をペンチで抓られたり。座布団の上だけでの動作に本当に馬が見え、硬くて腫れあがったお尻が見え、ジタバタ感に大笑い。
・「紺屋 高尾」一介の染物職人"久蔵"が、当代きっての売れっ子花魁 "高尾太夫" に一目惚れ。ただ一途に惚れぬいて ついに彼女と…ってお話なのですが、この純愛には思わず泣けました。久蔵の嘘のない人柄、裏切らない一途な想いにも勿論ジーンとしたのですが、太夫とは言っても遊女である高尾の貧しさ故に売られた身の上を思う時、人としての小さな幸せを望む心に不憫を感じ、ハッピーエンドに安堵。ああ!本当に良かった(^^)


それにしても 人って 時代時代それぞれに教育を受け 形作られた部分もありますが、本質って 今も昔も変わらないのかもしれません。そうですよね…あおいみみずくは今、平安時代の短歌の情感に心を動かされ、江戸時代からの俳句の捻り方に共感し、現代の流行歌の歌詞に涙したりしますしね…
落語って古典だし難そう。解らないかも…って思っておりましたが、心配無用でした。
鯱鉾ばって聴く必要もなく、くしゃみしても縮こまらなくてよくって、大声で笑える最高に楽しい名人芸!
この日は高座がはねた後、更に打ち上げもあり、実際にお隣に座ってくださった「さん正師匠」と四方山話も沢山できたというあまりにも贅沢な1日でした。
年明け早々(…って 今はもう3月ですが…(^_^;)なんて楽しいことたくさんなんでしょう*\(^o^)/*

2016年2月5日金曜日

新春!歌舞伎の幕見は面白いー2

つづき
初めて幕見席で観る歌舞伎。前日に突然思いつき、二演目のみの鑑賞でしたが、思った以上に良いものでした。
まずは「梶原平三誉石切」
あらすじをここでご紹介すると あまりにも長くなるので割愛しますが、この幕の主役「梶原平三景時」は、品格があり 智恵と勇気のある素晴らしい武将として描かれています。
今回の演者は人間国宝 中村吉右衛門さん。平成元年から平成13年まで 鬼平犯科帳で長谷川平蔵を演じられていたのが 記憶に新しいところです。そんな吉右衛門さんの風格がまさにものを言う役どころ。型をバチンと決めて 目を見開いて見栄を切る。客席から掛け声がかかり 会場全体が一体化して盛り上がる…という まさに これぞ歌舞伎!といった感じの演目。新春にスカッとできて元気が出ました。
この 客席からの掛け声を「大向こう」と言うのですが、これって 幕見席にいらっしゃる方々がかけるんですね。この席は天井に近くて声が通りやすいからという事。また、前方の席の方が声をかけるのは、後ろの席が のけ者になった感じがするという事で御法度らしいですよ。劇場の後方から観客が支援し、会場全体の一体化を図るといったところでしょうか。
大向こうは タイミングが大事ですから、幕見席に何回も通い タイミングの練習を積まれるんでしょうね。こういった事からもわかる様に、この幕見席は 舞台も客席も含めた劇場内全体の雰囲気が肌で感じられる所なんです。


さて、次の演目「茨木」
あおいみみずくは、高校生の時よりの隠れ坂東玉三郎ファン。当時 登下校の道すがら、地下街の柱に貼ってあった大きな玉三郎さんのポスターを見て「なんて美しい役者さんなんだろう…」って感動して以来の 憧れです。
一昨年 京都の南座で母と一緒に「アマテラス」という舞台を観劇したのですが、この時の玉三郎さんは舞台にはお出になったものの、ちょっとプロデューサー的要素が強かった様に感じられ…つまり、ほとんど踊らなかった…f^_^; なので、今回、本格的な歌舞伎での彼の舞を観る事が出来て、最高に感激!!
こちらもまた さすがの人間国宝。いやもう、それはそれは素晴らしいものでした。
先ほど「会場全体の雰囲気が肌で感じられる」と書きましたが、それこそ 彼が登場すると 観客が一斉に息を呑む音がして…。視線はもちろん、誰もが身を乗り出してその登場に集中するのです。残念なことに 幕見席からでは 揚幕からの花道 3分の2ほどは見えません。今回 玉三郎さんは花道からの登場だったので、出の瞬間は観る事が出来なかったのですが、今まさに姿が見えたであろう瞬間をしっかりと「感じる」事ができました。凄い!
今回 彼の役どころは「鬼女」
花道を通ってゆっくりと舞台に近づいて来るのですが、その間 全く頭が揺れない!つまり本当にこの世のものとは思えない といった唯住まい。人間の移動とはとても思えません。
また、特筆すべきはその台詞まわし。鬼とはいえお婆さんの姿。最初はその正体を隠して哀れを誘い、閉ざされた門の中に入れてもらおうと画策しての役回りです。悲しげに「なんで私をこんなに邪険に扱うのか?この門を開けておくれ…」と、か細い声で訴えるのですが、その小さな声が4階席のみみずくの席まではっきりと凛として届くのです。歌舞伎独特の節回しと その余韻までもがはっきりと聞こえ、これにはただただ感服。役者さんの中には 大きな声を張り上げるものの、こちらまで はっきりと届かない場合もありましたが、あんなに小さな弱々しいはずの鬼女の声、すべて漏らさず受け取る事ができました。まさに名人技と言えると思います。発声の方法なのか何なのか…
踊りも気品がありたおやかで美しく、本当に期待に違わぬ…いえ、期待以上!満喫してしまいました。何て幸せな時間!
ああ、本当に嬉しい年初め。きっと今年も楽しいことたくさんありそうです。


大いに楽しめた歌舞伎の幕見。ただ一つご注意は、オペラグラスは必需品^_−☆(歌舞伎座内でも千円で売ってはいます)
あーでも、玉三郎さんの舞台はやっぱり一度は かぶりつきで観てみたいかも(^ ^)

2016年1月9日土曜日

新春!歌舞伎の幕見は面白い

あけましておめでとうございます!
例によってぼんやりみみずく。あれ?いつの間にか松の内を過ぎていました。でも 焦らない焦らない…と…。
あ。そうだ!今年の目標は「焦らない」にしようかな〜^^;

さて。昨年よりちょっぴり早く始動したあおいみみずく。1月4日は、大学時代 同門だった同級生と新年会という運びになりました。皆で集まるのは3年ぶり。たまには(?)美味しいものでもという事で、銀座にある「俺のフレンチ」とやらに行ってみる事に決定。近頃、巷で結構話題になっているお店です。
急に決めたので 丁度良い時間は予約でいっぱい。結局 17:15にお食事がスタートという、ちょっと中途半端なスケジュールです。
折角銀座に出るのだから お食事だけだと勿体無い。友人から「歌舞伎の一幕見はお得らしいよ。」という情報を得て、新年早々 歌舞伎鑑賞する事に相成りました。
2013年春 に新しく建て替えが完了した新歌舞伎座。建て替え後に行くのはこれが初めてなので、興味津々。
で、結論から言うと、これが思った以上に大当たりだったのです。


歌舞伎の興行形態は、一日に昼、夜、ニ公演を行う「昼夜公演」が主流で、一公演の中で、1つの演目が上演される事もあれば、3つ・4つの演目が上演される事もあります。公演の上演時間は、途中2~3回、合計1時間半ほどの休憩を含め、おおよそ4時間ほどの長丁場。ずっと座っていると、身体が痛くなったり、疲れて集中力が落ちてしまったり。
また、チケット料金は公演毎に異なりますが、だいたい4000円〜20000円程度。4000円の席はあっという間に売り切れてしまうので、歌舞伎鑑賞はちょっと敷居が高いと思われています。
さて 今回の「壽初春大歌舞伎」
勿論 座席指定で一公演を通してゆっくりと鑑賞するのも良いのですが、今回は3番目の「梶原平三誉石切」と4番目の「茨木」の2演目のみを観る事に。「幕見席」という、演目毎に単発で観る事が出来る専用席の切符を買う事にしました。
驚いたことに この「幕見席」という切符のお値段、演目や幕の長さ・内容によって変わりますが、1演目 500円~2000円程度なんです。
今回は「梶原平三誉石切」「茨木」共に1400円でした。つまり、2演目で2800円也。何とお手頃!2時間弱、ゆっくり座って観劇できて…しかも銀座のど真ん中!本当にこれで良いのでしょうか…
ただし 座席は4階席。いわゆる天井桟敷というヤツ…。玄関からは入れず、幕見席専用エレベーターで入場しなければなりません。一般席への通路は閉ざされ…つまり、隔離されております。また 前売り予約は無し。当日 自由席券のみの販売です。


座席数は96。立ち見が約50。切符は 各演目開始前に発売になります。各公演によって異なるので、事前に調べなければならないのですが、今回は、だいたい1時間位前に切符売り場に行ったら、難なく買う事が出来ました。4階席ではありますが、一番前のけっこう見やすい席を取れましたし、例え人気公演で 一般販売であっという間に売り切れになった演目であっても、幕見席は当日、ちゃんと販売されるという事。こんなシステムがあったのですね!知らなかった…(と、日本産みみずく。なんとこの幕見席での観客、見たところ約8割が海外からの方々でした。英語が飛び交い 異国情緒?満点です^ ^)
前日にふと思いついてでの歌舞伎鑑賞でしたので、新春の雰囲気だけでも…と、演目も出演者も知らずに呑気に出かけたみみずくでしたが、何と演者に中村吉右衛門と坂東玉三郎の名が!うわー!
しかも、幕見席売り場に置いてあったパンフレットを確認して初めて知ったという長閑さ…!なんとラッキー!
という事で、図らずも 二人の人間国宝の類稀なる技を、この値段で鑑賞する事が出来て、新年早々 大感激!という事で、感想は次回に続く♡

2015年12月31日木曜日

今年もお世話になりました

ふと気づくと12月も終わり…今年もいよいよ終わってしまう。何とまぁ!
昔より時が経つのが速いなぁって、近頃よく思います。宇宙は加速膨張をしていると言いますが、そのせいで 実際に時間の進み方が速くなっているのでしょうか…??
「明日できることは今日やらない」が信条のあおいみみずくですが、そろそろ そんな風にうそぶいている場合ではなくなって来たような…
先ほど 今年の1月に書いた記事を読み返してみたのですが、新年をいかにだらだら過ごしているかという 何ともふざけた内容…>_<

☆ 人日やなまこに足の生えもして

こんな句だか何だかわからないような謎の呟きを 新年のしょっぱなに書いたせいで、Blogの更新も滞り気味になってしまったのでしょうか…反省…m(_ _)m

今年も相変わらずのグータラみみずくでしたが、お陰様でとても楽しく過ごす事ができましたし、特に今年は同年代のお友達がたくさんできました。
長いあいだ 共に時間を有して来た友というのは 何と言っても かけがえの無いものですが、全く別の場所や環境で成長し、大人になってから接点を持った同年代のお友達というのも また 面白いものですね。これまでに無かった風が吹いた感覚。新しく 見慣れない世界はとっても興味深く、音楽は勿論、趣味である茶道や俳句にも深みが増す…はず?…^_^;


さて。これまで どちらかと言うと、あおいみみずくは自分で細かく計画を立てて、それに沿って物事をこなして行くタイプでした。
「思いもかけず」とか「びっくり」などの言葉は みみずくの辞書に於いては薄〜い文字で書かれていたような気がします。つまり、ハプニングに弱い。
先が読めない様な事が起こると、その度に感覚が大きく振れ過ぎて 思考がフリーズしてしまうので、上手く文字で表現する事が出来ない…つまり 何が言いたいのかと言うと、今年Blogが滞りがちになってしまった言い訳です…^_^;
今年は主催ではなく 参加という形が多かったので、全体像がわからず 予想が立てにくく、混乱が生じ、文章にまとめるのが難しかった…と…。
でも、特に俳句においては、「驚き」をいかに客観的に表現するかが鍵となりますし…来年はどーんと構えて 少々の事では動じず、「びっくり」を楽しめるようになれればいいな。そうすれば 自ずとBlogの更新も増える と…^ ^
で、今年のピアノの生徒さん達とのクリスマス会は、お酒と食器だけ準備して、他はすっかりお任せする事にしました。
会の用意ができるまで勝手にピアノを弾いて遊んでいたら、とっても手の込んだ用意が出来上がっていて…嬉しいー♡
あおいみみずくがあれこれ手を出すよりも、ずっとずっとお洒落で素敵なクリスマス会になりました。


今年も色々な方々にすっかりお世話になりました。
本当にありがとうございました!
不束者ではございますが、来年もどうぞよろしくお願い致します!

☆ これがあの海鼠かと問ふ硬さかな
  (今年、生まれて初めて海鼠を食べたんです…というコトで 2015年、締めも なまこです(^O^)/)

2015年12月17日木曜日

12月8日に起きたこと

随分お久しぶりの投稿です^_^; お元気でいらっしゃいましたか?
前回の記事は 盛夏の京都での川床遊び。更に続けて夏の放浪旅行記シリーズを書く予定でしたが、忙しさ(ホント?)にかまけ、すっかり放置してしまいました。折角 読者でいてくださっている方々に大変申し訳なく…本当にごめんなさい。
久しぶりの投稿となる今回、旅行記の続きで浜松の鍾乳洞のお話を…と思って書きかけていたのですが、先に書きたくなった事柄があります。


今年の12月8日。この日 あおいみみずくは月例の句会に出かけました。
句会には毎回 予め作った5句を用意して参加します。今回の参加者は14人。一人5句の出句なので合計70句。いつものように この中から好きな句(今回は6句)を選ぶという作業に入りました。(句会についての詳しい記述については2014.7/12「初めての吟行句会〜4」をお読み頂けると幸いです)
みみずくも一生懸命選んだ訳ですが…この日に限ってなんだか不思議な句が多いのです。
他人の句をそのまま紹介する事はできないのですが、意味的には、例えば 「12月8日の新聞を読んだ」…とか「12月8日に何かが割れる音がした」…とか「12月8日に顔を洗った」とか…
12月8日という言葉を頭に置いた句が沢山、みみずくの目の前を通り過ぎます…なんで??
ひょっとしたら句を作るのをサボっていた人が、今日になって苦し紛れに作って提出したのかしら…(例えば)「十二月八日の飯を食いにけり」でも、十二月という季語が入るし、ちゃんと5-7-5になっているから立派な句として成立するし…。でも、安易じゃない?…^_^;
などと思いながら…不思議とは思いながら…。
そして勿論 みみずくは 12月8日とついたものは一つも選びませんでした。
その後 披講に移ります。それぞれが選んだ6句を披露するのですが、なんと、沢山の方々が12月8日の句を選んでいらっしゃるではありませんか…なんで…?
このブログを読んでくださっている方の中には すでにお判りの方も多いかと思うのですが、みみずくはこの時点でも全く訳がわからない。
披講の後の講評。なぜこの句を選んだのか、理由を皆さんがお話しくださいます。
「12月8日…何かが割れる音…本当に胸がドキっとします。忘れられない感覚です。」
「この日の思いは 決して忘れてはならないと、今 こんな時だから改めて思います」
「私達は、若い世代にしっかりとこの事を引き継がなければいけませんね…」
口々に仰るのですが、此の期に及んでもピンとこないあおいみみずく…
おずおずと手を挙げ、
「いったい今日ってなんの日ですか?」
「…!!」
「ああ…やっぱりあおいみみずくさん世代はご存知ないのですね…」
「やっぱり若い方はそうなのね…もっと話をしなければいけないですね。」(いや、そう若くはないんですが…)
ひとしきり 思いっきりざわついた後、発せられた言葉。
「真珠湾攻撃。太平洋戦争の開戦日ですよ。」
「…12月8日…だったんですね…」


あおいみみずくは今年の夏、本当に、いつもの年以上に 戦争について考えました。広島の原爆ドームにも行きました。終戦の日には映画「日本の一番長い日」も観ました。
ただ 「開戦日」というのはあまり意識にありませんでしたし、メディアなどで取り上げられる事も ほとんどなかったと思います。
でも、終戦があるのだから開戦がある…忘れてはならない日です。何故あまり話題にならないのか…。
また、満州事変や、日清、日露、日中…アメリカを攻撃する背景となったこれらの戦争についても あまり語られる事はない様に思います。
日中戦争を含め、アジア太平洋戦争における戦没者は約230万人。戦災死亡者や外地での一般死亡者を合わせると、この戦いで310万人以上の日本人が死亡したとされています。また、諸説はありますが アジア諸国における犠牲者は3000万人とも言われています。
戦後70年。現在では多くの日本人が戦争を知らない世代です。戦争で誰も殺されない、殺さない…あたりまえだと思っています。
祖父は戦病死しましたが、あおいみみずく自身は 完璧に戦争とは無縁でした。世界中を見渡した時、それがどれほどかけがえのない時間であったのか…この先もそうあり続ける事ができるのか…
終戦の日だけではない 節目節目に、考えたり議論する時間を設ける事がとても大切なのではないかと感じます。


12月8日。この日はジョン・レノンの亡くなった日でもあります。
彼の代表曲「イマジン」
忌野清志郎さんが日本語の素晴らしい歌詞(訳)で歌ってくださっています。あおいみみずくは、この清志郎さんが歌うイマジンが大好きです。

天国は無い ただ空があるだけ
国境も無い ただ地球があるだけ

来年は私も12月8日の句を作ってみようと思います。

2015年10月1日木曜日

京の鴨川納涼川床で

なんと もう10月!夏の旅のあれこれを記事にしようと思っていたのに のんびりしすぎて いつの間にかすっかり秋も深まってしまったではありませんか。涼しい秋風のなか、暑かった夏を思い出すひととき…まあ これも一興という事で お付き合いください…(^◇^;)

8月の初め 広島でふらふらしていた あおいみみずくですが、東京に戻る道すがら、せっかくなので京都に寄り道してしまいました。
京都の夏の暑さというのは独特で 大変有名ですよね。
周りを山に囲まれた京都は、一旦温められた空気の逃げ場が無いために熱い空気が淀んだままになってしまいます。更に海からも遠いため、海風も入り辛く 夜になっても冷えないために 気温はずっと高いまま…
そんな 夏の盛りの京都行き を友人に話したところ、なんと物好きな!という声しきり。
あまりにも皆に変人扱いされるので 捻り出した理由が「夏にしか楽しめない 京の川床遊び」だった訳です。
…え?「鴨川の川床は 暑さの落ち着いた9月の方が良いよ〜」とか言ってる人!いけずー >_<

京都に着いたあおいみみずく。やっぱり暑い!なんですかこの蒸し暑さ…京都の地下に大量に溜まっている水が この暑さで蒸発しているのか、シウマイになって蒸されている気分。
立っているだけで眩暈がしそうな暑さに負けて、今回はあまりあちこち動かずに 川床遊びに集中することに決めました。


鴨川の川べりには ずらりと川床が並び、誠に京都らしい景色ではあります。曇っているせいか写真では さほど暑さは感じられないのですが なんのなんの…3歩行けば遭難しそう…
川沿いを歩けば幾分 風を感じますが、生ぬる〜く緩い風。これって 夕方になれば涼しい風に変わるのかなぁ… ?川床の予約は18時30分。雨の心配はなさそうですが、ムンムンする外でのお食事って微妙…
すっかり文明世界に染まっているあおいみみずくです。暮れなずむ鴨川の慕情…よりもエアコンに軍配かなぁ…う〜む…
「 川床や…頑張れみみずく…やせ我慢!」
これだって 一応俳句ですよ。川床って夏の季語だし…あ〜暑さで頭がやられて こんなのしか出てこない…あれ?五.八.五…ダメだ (^^;;


さて。今回 川床デビューにあたりお邪魔させていただいたお店は「Tazuru Annex 仙鶴」
四条通りから五条方面に下った木屋町にあり、繁華街から少し離れているので静かです。
このお店に決めたポイントは 時間制限がなく ゆっくりできることと、ある程度カジュアルな値段設定。それからテーブル席でお食事が頂けるという点。だってみみずく 正座がめっぽう苦手なんだもの。茶道が趣味ではありますが、こればかりは如何ともし難い…>_<
お食事が始まった時間は 太陽こそ陰ってきたものの、風もあまり無く どうなる事かと思ったのですが、19時過ぎた頃からでしょうか…川の水で冷やされた風が 急に強く吹き出しました。これがけっこう涼しい。ゆっくりと暮れゆく空。山を望む鴨川の景…山紫水明の世界…日が落ちれば、ちょっと距離はあるものの 対岸にはライトアップされた歌舞伎座がぼんやりと宵闇に浮かび…おぉ!素敵ではないですか!
頂くのは見た目にも涼やかで 美しいお料理の数々。品数も多く、一皿づつゆっくりと味わいます。お酒も少々…これこれ!これが川床の醍醐味ですよ!
京の雅を心ゆくまでゆっくりと堪能させていただきました。
ほらね!暑い最中とは言っても やっぱり京都ってステキ♡


幸せな時間は 明日の貴船の川床に続いちゃうワケです…が、その前に…。
四条から花見小路を少し上ったところの路地裏にある あおいみみずくお気に入りの「祇をん ひつじカフェ」にてひとくちシュークリームをパクつき、本日の締めとさせていただきました (^o^)/

2015年9月12日土曜日

一寸の虫にも‥

二週間ほどでしたが、毎日毎日 鳴いてくれていた鈴虫が、今朝は鳴きません。
昨夜、ギシギシ…という掠れたような音と共に、それでも懸命に鳴いてくれていたのに…
朝、水を取り替える時に確認したら、生きてはいるのですが もう手足に力が入らないのか、止まり木に這い上った…と思ったらコロンって水の入れ物の中に落ち、あっぷあっぷしていて…
慌てて救助したら 餌の上に行き、一安心。
ヨロヨロしているから 命の終わりは近いのかもしれません。

この鈴虫達は 二週間ほど前、お茶の先生のお宅からやって来ました。
お稽古の最中、庭にある腰掛けあたりから何とも良い声が聞こえて来て…。つい お点前の手を止めて うっとり聞き入ってしまい、
「なんて素敵な声でしょう…」
と 思わず口にしたところ、
「主人が虫の音を聞く会に入っていて、毎年たくさん育てているから、良かったら持ってらっしゃい。」
と、わざわざお子さんが使っていた虫かごを探し出してくださって、餌までつけて 快く分けくださいました。


本当のところ、これまでかなり小さな時分にはカブトムシか何かを飼っていたような覚えがあるのですが、このところ虫なんて怖いばかりで、どうして良いかわからず…
とりあえず水と、頂いた餌を取り替え、霧吹きで 土と止まり木を湿らせ 直射日光に当てず…
すると ここが気に入って良い気分なのか 大きな声で機嫌良く鳴くのです。
最初は玄関に置いていたのですが、人が出入りする度にパッと点く電灯にびっくりするのか パタと泣き止み…またしばらくすると鳴く…
玄関ではかわいそう…?と、寝室に持って行ったり和室に置いたり。虫かごを抱えてあっちこっち。
こちらの苦労がわかるのか、本当に美しい声で、もう休んだら?っていうくらい 鳴いてくれました。
頂いた最初はまだ子供だったのかな?ぎこちなくリーンリーンと、やっと2セット。
それが日に日に3セット4セットと増え、誇らしく高らかに。
でも、一週間を過ぎたくらいからだんだん雑音が混じるようになり、音もガサガサになって来て…。それでも諦めずに一生懸命鳴くのですよ。一昨日はガサガサな声で2セット。
もうダメかなぁ?って思ったら、昨日はガサガサな声で4セット!
そして今朝は鳴きません。
命ある限り その時にでき得る限り一生懸命歌い、最後まで懸命に生きて鳴く…
この世の全てのものに仏性があると言いますが、本当にこんな小さな虫の生き方にも思わず感動させられてしまいます。


小さな虫かごに閉じ込められていて、彼らは幸せなのかな?せめて最後に…今から外に放してやった方がいいのかな?でも あっという間に捕食されちゃうかな?
と 色々考え、それを思わず昨日いらしたピアノの生徒さんに話したら、彼はしばらく考えて、
「本来はこのままにして 死んでしまったら埋めるのでしょうが、宮沢賢治の銀河鉄道の夜でしたか…サソリのお話もありますしね…」
「サソリのお話?」
「自分がイタチに食われそうになって 命からがら逃げ出した後、水に落ちて亡くなる時に思うんです。こんなに無意味に死ぬのならば、なんであの時この身をイタチにくれてやらなかったのか?って。そしたらイタチは一日生き延びられたのにって…。自然界では食物連鎖の一つになるのも ひょっとしたら幸せと言えば幸せなのかもしれませんね。」
「…。」
さて どうしましょうか…

そう言えば、今月21日は 賢治の命日。賢治忌ですね…
小さな虫ももちろんですが、私の周りには 本当に沢山の学ばせて頂くべき人がいらっしゃいます。

お日様も陰って来ました。本当ならもうそろそろ歌う時間です。
鈴虫は微かにギッギッと言ったきり…静かな夜です。

☆  鈴虫の昨夜を終に鳴ききりぬ

2015年9月8日火曜日

船で潜りし大鳥居!

今更ながらって感じですが、安芸の宮島…「宮島」っていう島があるんですね?…知らなかった〜!
厳島神社という名前は勿論 存じておりますよ。海の中に大きな鳥居があるんですよね。
平清盛による庇護のもと 発展した神社。清盛が奉納した 豪華な装飾が施された「平家納経」…あおいみみずくはNHK大河ドラマ「平清盛」フリークでしたもの。そこは知ってますよ。
でも 宮島って…宮島(厳島)という島が瀬戸内海にあって、古代より島全体が神様として崇められていた…
「厳島」の語源は「神に斎く(いつく=仕える)島」で、この島こそが神社!へぇ〜(^_^;)

広島駅からJR山陽本線で約30分。宮島口駅下車。
後で知ったのですが、ここの駅前には「うえの」という とっても美味しいあなご飯のお店があるんですって!明治時代創業で この地でしか食べられないそうですよ。お店で食べるには いつも混雑していて 厳しいようですが、駅弁も販売していて そちらも絶品だとか。
お店の前を通ったというのに 知らなかったので 食べ損ねてしまいました…


宮島口駅前の道をまっすぐ進むと、JRフェリーがまるで口を開けているかの如く 待ちかまえていました。運賃は片道180円…安い…(^^;;
乗り込んで待つものの 出航時間が過ぎても一向に出発しない…同じJRなのに、電車と違って 船の時間って かなりアバウト?って思っていたら、「間もなく到着します」とアナウンス…え?動いてたの?
出航の合図もないし 夜だったので景色が見えなかったせいか、動いているという感覚が全く無し。船はまさに油の上を滑るように夜の海を進み、いつの間にか宮島に到着しておりました。
ちょうど満ち潮の時間でしたので  厳島神社のシンボル「大鳥居」が海に浸かっています。


さすが 高さ16m! 堂々たるものですね。
この鳥居は 海底深く埋められている訳ではないそうです。この大鳥居自身の重みや構造によって自立していて、大波にも台風にも倒れることがないそうな…すごいなぁ…
折から吹く海からの風が なんとも気持ち良い…

☆満ち潮に浸かる鳥居や盆の風

今回は満潮時に伺いましたが、干潮時にはこの大鳥居まで歩いて渡れるようです。
どちらがステキかは意見の分かれるところらしいのですが、この様にライトアップされて、海に浮かんでいるかの如き 大鳥居の風情…とても神秘的でした。
でも満潮だからこの鳥居に近づくことができない?…できるんですよね〜
ナイトクルーズ船がちゃんと航行しているんです。クルーズ船っていうか、屋形船ですが…


この船で大鳥居を目指します!
海の参道を通るなんて ロマンチックですよね。
船はゆっくりゆっくり 鳥居に近づきます…そしてくぐりながら見上げる!

☆ 月白や船でくぐりし大鳥居

月白(つきしろ)とは 「月が東の空を昇って行く際、あたりが白んで見える」
というロマンチックこの上ない秋の季語です。
この写真では 日もとっぷりと暮れ、月は昇りきってしまっておりますが…まあそこはご容赦を(^^;;


今回は 夜もかなり更けてからの宮島上陸でしたので、ナイトクルーズのみ。肝心の厳島神社本殿への参拝は叶いませんでした。
残念ではありましたが、宮島口駅前のあなご弁当と合わせて、また行く楽しみが残りましたもの。次回は宮島にじっくりと滞在して 楽しみたいと思います。
もちろん、今回 東京でお留守番だった「いつもお腹を空かせた熊さん」と一緒にね^_−☆