2013年9月25日水曜日

青山の魔宴 2 〜吟遊詩人による

(前回からの続き)

さくらは1時間ほど遅れるというので、玄関前に到着したらマリネリスかギョームに電話するという取り決めをしました。それにしても、目の前には開口部が無く壁が広がっているだけです。私たちが中に入れたとしても、後から来るさくらはどうするのだろう、と心配になりましたが、ギョームは入り方を教えるとだけ言って口をつぐんでしまいました。

するとマリネリスは、服の袂から羊皮紙のような物を取り出しました。それは古文書で、あおいみみずくが今まで見たことがない風変りな文字が使われていました。マリネリスは、その古文書を見ながらルブン サンア ヤチル カスロク、マ ゴケ ラヒと呪文のような言葉を発しました。すると驚いたことに、目の前の白い壁がすーっと左右に動き、開口部が現れたではあませんか。


マリネリスとギョームは何事もなかったかのように平然と中に入って行きます。宝来ミナもそれに続きました。あおいみみずくは、怖くなり入るのを躊躇しました。この瞬間が、あおいみみずくにとって最後の逃げるチャンスだったのです。ああ、あの時、きびすを返して青山通りを走り出していれば、あんな怖い目に遭遇しないで済んだのに。後悔先にたたずと言いますが、あの一瞬が、まさにその通りの状態だったのです。

マリネリスの手招きに応じて建造物の中に入ったあおいみみずくは、一瞬ではありますが、空気に邪悪なものを感じました。具体的にそれがどんな感じだったかを言い表すのは困難です。しかし、建造物と内部の空気の全てが私を拒絶している、いやもっと悪いことに、私達を陥れようと逆に招致しているような、そんな印象だったのです。オリンピックの招致なら歓迎しますが、このような招致は背筋を寒からしめるものでした。


この名状し難い違和感が通奏低音のように付いてまわるのは辛いことでした。 ふと上を見上げると、入口に鎮座していた大蛇がこんどは天井から吊り下げられているではありませんか。そして、わずかではありますが、その蛇が身を震わせたように思いました。

あっと言ってマリネリスを見ましたが、別段変わった様子は見せませんでした。彼はたまたま見ていなかったのでしょうか、それとも鈍感なので気付かなかったのでしょうか。あるいは、これは最悪ですが、わかっていてわざと知らないふりをしていたのでしょうか。

以上のような疑惑があおいみみずくの頭をかすめましたが、ここでうろたえるわけにもいかず、仲間の後に続きました。するとマリネリス達は、階段を降り始めました。暗くてよく見えなかったのですが、その階段は狭くて暗いうえに、何らかの滲出物に覆われ、滑りやすくてとても危険でした。


私達4人は何とか下の階に辿り着くと、そこには待合室のような部屋がありました。厚地のペルシャ絨毯を敷き詰め、暖炉をしつらえ、壁面には高価な絵画が何枚も飾られ、天井からは豪華なシャンデリアが下がっていました。長椅子などの調度品も見事なものでした。

しかし、そのような上流社会を思わせるたたずまいの中に、何か心騒がせられるものが感じられました。まずは壁面の作りが奇妙でした。ユークリッド幾何学を無視したとしか思えない奇妙な角度を形成していました。そして空気には微かな震えがあり、その振動が邪悪なるものを呼び寄せる祈祷に聴こえるのでした。

また壁に架けられた絵画も、どことなく精神に悪影響を及ぼすものでした。例えば美しい貴婦人を描いた人物画が最悪でした。スーパーリアリズムの手法により写真かと思えるほど微細に女性の姿を捉えているのですが、やはりそこには幾何学上の「ずれ」が見られました。微細ではありますが、エル・グレコの宗教画のように身体がデフォルメされているように見えました。またその眼差しは、私達が移動すると追いかけてくるようにさえ見えたのです!


4人はそのような恐怖と戦い、ソファに腰かけることもせず棒立ちのまま待ちました。どれほどの時間が経過したでしょう。あおいみみずくには、それが百年もの歳月に感じられました。そしてようやく案内の者が姿を現したのです。

その人物を一目見て、あおいみみずくは違和感を感じました。整った顔立ちで、きちんとした服を着こなす男性で、優しく優雅に振る舞っていたのですが、どことなく「外の人間」と感じられたのです。「外」というのは外国という意味ではありません。それならいいのですが、この地球(テラ)の外という意味です。

4 件のコメント:

路傍の小石 さんのコメント...

待望の第二弾ですね。

前回も読ませていただきましたが、
前回同様、詳細な描写が、なんとも素敵です。


ミステリアスで魅力的な青山の建物(店舗?)に是非とも私も行ってみたい!
筆者にこんなにもインスピレーションを与える何かがあるのでしょうか。

ところで話は変わりますが、
たびたび私こちらにコメントさせて頂いております物理好きの愛読者です。
で、突然にお礼といってはなんなんですが、今、巷で話題のYoutubeの投稿映像を、この場で紹介させて頂くことをお許しください。
クイーンのボヘミアン・ラプソディの替え歌で、ボヘミアン・グラヴィティ(gravity重力)です。
歌詞は超弦理論の正確なダイジェスト版になってて妙に見事な出来です。
作者は米国の大学院生だそうです。
この替え歌を聞き(見)ながら、吟遊詩人さんによる「青山の魔宴」を読んでみるのも、一興かもしれません。
http://www.youtube.com/watch?v=2rjbtsX7twc

続編も、期待してますです。

あおいみみずく さんのコメント...

コメントありがとうございます!
ご紹介頂いたYouTube、見てみました。
「南部 後藤 南部 後藤」と、「ポリヤコ〜フ!」は、わかりました!
途中で出てくる人形は、アインシュタインでしょうか?
「時空の歪みが重力」というのが一般相対性理論。時空の歪みを長さ(計量)で表す。計量の運動方程式が重力方程式。その解が、宇宙モデルとか、ブラックホールだったりする…この計量が、量子として振る舞うと、計算が破綻する。そこに登場したのが超弦理論。その起源は南部 後藤…
まで勉強して、今日は寝ます^^;

Tibby さんのコメント...

めっちゃシュールですね。

同じ物事を表現するのにも、これだけの感性があると、これだけの物語が生まれるのですね。

「右脳が活性化されている方」と表現して宜しいでしょうか?
人生、豊かで楽しそう...。

フレッシュで濃厚なマンゴージュースを頂いているような、味わい深い満足感、堪能中です。

あおいみみずく さんのコメント...

Tibbyさん、コメントありがとうございます!
ホントですよね。感性と想像力こそが、人間に与えられた最も素晴らしい贈り物って気がする今日この頃です。
秋の夜長は想像するには良い時間ですよね。
まずは下地を作るべく、持っているフィールドが狭い私は、頑張って色々なジャンルの本を読んでみようかと思っています!
あと必要なのは観察眼ですかね(^ ^)