2015年9月12日土曜日

一寸の虫にも‥

二週間ほどでしたが、毎日毎日 鳴いてくれていた鈴虫が、今朝は鳴きません。
昨夜、ギシギシ…という掠れたような音と共に、それでも懸命に鳴いてくれていたのに…
朝、水を取り替える時に確認したら、生きてはいるのですが もう手足に力が入らないのか、止まり木に這い上った…と思ったらコロンって水の入れ物の中に落ち、あっぷあっぷしていて…
慌てて救助したら 餌の上に行き、一安心。
ヨロヨロしているから 命の終わりは近いのかもしれません。

この鈴虫達は 二週間ほど前、お茶の先生のお宅からやって来ました。
お稽古の最中、庭にある腰掛けあたりから何とも良い声が聞こえて来て…。つい お点前の手を止めて うっとり聞き入ってしまい、
「なんて素敵な声でしょう…」
と 思わず口にしたところ、
「主人が虫の音を聞く会に入っていて、毎年たくさん育てているから、良かったら持ってらっしゃい。」
と、わざわざお子さんが使っていた虫かごを探し出してくださって、餌までつけて 快く分けくださいました。


本当のところ、これまでかなり小さな時分にはカブトムシか何かを飼っていたような覚えがあるのですが、このところ虫なんて怖いばかりで、どうして良いかわからず…
とりあえず水と、頂いた餌を取り替え、霧吹きで 土と止まり木を湿らせ 直射日光に当てず…
すると ここが気に入って良い気分なのか 大きな声で機嫌良く鳴くのです。
最初は玄関に置いていたのですが、人が出入りする度にパッと点く電灯にびっくりするのか パタと泣き止み…またしばらくすると鳴く…
玄関ではかわいそう…?と、寝室に持って行ったり和室に置いたり。虫かごを抱えてあっちこっち。
こちらの苦労がわかるのか、本当に美しい声で、もう休んだら?っていうくらい 鳴いてくれました。
頂いた最初はまだ子供だったのかな?ぎこちなくリーンリーンと、やっと2セット。
それが日に日に3セット4セットと増え、誇らしく高らかに。
でも、一週間を過ぎたくらいからだんだん雑音が混じるようになり、音もガサガサになって来て…。それでも諦めずに一生懸命鳴くのですよ。一昨日はガサガサな声で2セット。
もうダメかなぁ?って思ったら、昨日はガサガサな声で4セット!
そして今朝は鳴きません。
命ある限り その時にでき得る限り一生懸命歌い、最後まで懸命に生きて鳴く…
この世の全てのものに仏性があると言いますが、本当にこんな小さな虫の生き方にも思わず感動させられてしまいます。


小さな虫かごに閉じ込められていて、彼らは幸せなのかな?せめて最後に…今から外に放してやった方がいいのかな?でも あっという間に捕食されちゃうかな?
と 色々考え、それを思わず昨日いらしたピアノの生徒さんに話したら、彼はしばらく考えて、
「本来はこのままにして 死んでしまったら埋めるのでしょうが、宮沢賢治の銀河鉄道の夜でしたか…サソリのお話もありますしね…」
「サソリのお話?」
「自分がイタチに食われそうになって 命からがら逃げ出した後、水に落ちて亡くなる時に思うんです。こんなに無意味に死ぬのならば、なんであの時この身をイタチにくれてやらなかったのか?って。そしたらイタチは一日生き延びられたのにって…。自然界では食物連鎖の一つになるのも ひょっとしたら幸せと言えば幸せなのかもしれませんね。」
「…。」
さて どうしましょうか…

そう言えば、今月21日は 賢治の命日。賢治忌ですね…
小さな虫ももちろんですが、私の周りには 本当に沢山の学ばせて頂くべき人がいらっしゃいます。

お日様も陰って来ました。本当ならもうそろそろ歌う時間です。
鈴虫は微かにギッギッと言ったきり…静かな夜です。

☆  鈴虫の昨夜を終に鳴ききりぬ

2015年9月8日火曜日

船で潜りし大鳥居!

今更ながらって感じですが、安芸の宮島…「宮島」っていう島があるんですね?…知らなかった〜!
厳島神社という名前は勿論 存じておりますよ。海の中に大きな鳥居があるんですよね。
平清盛による庇護のもと 発展した神社。清盛が奉納した 豪華な装飾が施された「平家納経」…あおいみみずくはNHK大河ドラマ「平清盛」フリークでしたもの。そこは知ってますよ。
でも 宮島って…宮島(厳島)という島が瀬戸内海にあって、古代より島全体が神様として崇められていた…
「厳島」の語源は「神に斎く(いつく=仕える)島」で、この島こそが神社!へぇ〜(^_^;)

広島駅からJR山陽本線で約30分。宮島口駅下車。
後で知ったのですが、ここの駅前には「うえの」という とっても美味しいあなご飯のお店があるんですって!明治時代創業で この地でしか食べられないそうですよ。お店で食べるには いつも混雑していて 厳しいようですが、駅弁も販売していて そちらも絶品だとか。
お店の前を通ったというのに 知らなかったので 食べ損ねてしまいました…


宮島口駅前の道をまっすぐ進むと、JRフェリーがまるで口を開けているかの如く 待ちかまえていました。運賃は片道180円…安い…(^^;;
乗り込んで待つものの 出航時間が過ぎても一向に出発しない…同じJRなのに、電車と違って 船の時間って かなりアバウト?って思っていたら、「間もなく到着します」とアナウンス…え?動いてたの?
出航の合図もないし 夜だったので景色が見えなかったせいか、動いているという感覚が全く無し。船はまさに油の上を滑るように夜の海を進み、いつの間にか宮島に到着しておりました。
ちょうど満ち潮の時間でしたので  厳島神社のシンボル「大鳥居」が海に浸かっています。


さすが 高さ16m! 堂々たるものですね。
この鳥居は 海底深く埋められている訳ではないそうです。この大鳥居自身の重みや構造によって自立していて、大波にも台風にも倒れることがないそうな…すごいなぁ…
折から吹く海からの風が なんとも気持ち良い…

☆満ち潮に浸かる鳥居や盆の風

今回は満潮時に伺いましたが、干潮時にはこの大鳥居まで歩いて渡れるようです。
どちらがステキかは意見の分かれるところらしいのですが、この様にライトアップされて、海に浮かんでいるかの如き 大鳥居の風情…とても神秘的でした。
でも満潮だからこの鳥居に近づくことができない?…できるんですよね〜
ナイトクルーズ船がちゃんと航行しているんです。クルーズ船っていうか、屋形船ですが…


この船で大鳥居を目指します!
海の参道を通るなんて ロマンチックですよね。
船はゆっくりゆっくり 鳥居に近づきます…そしてくぐりながら見上げる!

☆ 月白や船でくぐりし大鳥居

月白(つきしろ)とは 「月が東の空を昇って行く際、あたりが白んで見える」
というロマンチックこの上ない秋の季語です。
この写真では 日もとっぷりと暮れ、月は昇りきってしまっておりますが…まあそこはご容赦を(^^;;


今回は 夜もかなり更けてからの宮島上陸でしたので、ナイトクルーズのみ。肝心の厳島神社本殿への参拝は叶いませんでした。
残念ではありましたが、宮島口駅前のあなご弁当と合わせて、また行く楽しみが残りましたもの。次回は宮島にじっくりと滞在して 楽しみたいと思います。
もちろん、今回 東京でお留守番だった「いつもお腹を空かせた熊さん」と一緒にね^_−☆

2015年8月25日火曜日

原爆忌

8月も終わりに近づいてきました。
ここのところ、いくらか暑さも和らぎ、朝はちょっとひんやりしてきましたね。終わりがけの芙蓉の花が、ぼうっと白く咲いています。
またまたしばらくご無沙汰しておりました あおいみみずく、8月の中盤、広島、京都、名古屋、浜松と、松尾芭蕉よろしく放浪しておりました。

1945年8月6日 広島にウラン型、8月9日は長崎に プルトニウム型という 種類の違う二つの原子爆弾が投下されました。今日の平和を当たり前のように感じている私達。この二つの日付を知らない人が かなり多いということを、報道番組で知りました。「戦争というのは過去のある時点におきたこと。これからを生きる私達には関係がないこと…」と、戦争の記憶が遠く遠くなって行くというのは、ある意味 本当に幸せなことです。ただ、このところ 急に「戦争」という言葉が頻繁に耳に入るようになり、お腹の辺りがざわざわしています。
そんな今年、2015年8月9日 。あおいみみずくは広島の平和公園と、原爆資料館におりました。
広島に行くのは初めてでした。市街地は、整然としていてとても綺麗。特に平和公園、原爆ドームのあたりは整備が行き届いた とても美しい公園となっていました。
川沿いの遊歩道には日本人のみならず、たくさんの外国からの方々がおられ、70年前、この街が、この川がどんな状態だったのか 想像すらできないほどでした。


広島における原子爆弾の爆心地、原爆ドームの周りでは たくさんの方々が熱心に資料を読んでいらっしゃいました。
欧米の方、それからインドの方が多かったような印象です。
原爆ドームは 何度かTVの映像や、写真で見たことがあります。ただ、やはり現地でそのものを感じると 声も出ない衝撃がありました。
経年劣化の影響もあるのでしょうが、崩れ果てたコンクリートの塊があちこちに…煉瓦は朽ち落ちています。当時最先端の頑丈な建物であったと推測される鉄筋の骨組みは ひしゃげています。
1945年。その日の空も青かったと聞いています。今年も雲のほとんどない青空。暑い暑い日光がギラギラ照りつけるなか、立ち尽くしてしまいました。
原爆ドームこそ 当時を伝えていますが、すっかり焼け尽くされ 何もなくなったこの地に、新しい街は作られました。この地で亡くなった数え切れない命の灰の上に…あまりにも悲しく美しく 広島の街が広がっています…


元安橋近くの川縁では、高校生が平和の歌を合唱していました。高校生の若々しく高いトーンの声が風に乗って対岸の私達の耳に届きました。
原爆資料館には本当に沢山の方々がいらっしゃってました。入場者の過半数は外国からの方々のようでした。願わくば、世界中の人達が70年前に何が起こったのかを知ってほしい。そして、人類が人類に対して行った究極の非人道的な行いを 記憶に留めてほしいと、心から思いました。
戦争ということを「そんな史実があった…」とだけ考えて育ってくる事ができた私は、本当に幸せです。
色々考える夏になりました…


8月22日に、金田賢一さんと丸尾めぐみさんのユニット 朗読三昧を聞きに行きました。(ゲストは シンガーソングライター  福山竜一さん)
演目にあった「まっ黒なおべんとう」
朝、お母さんが持たせてくれたお弁当を、食べることなく亡くなった中学生の男の子 折免滋君のお話でした。70年経って未だ食べられることもなく、真っ黒に炭化したお弁当の中身。アルマイトのお弁当箱の鈍い銀色…男の子はそのお弁当をしっかり抱えて白骨になっていたということです。
原爆資料館に展示されていた真っ黒なお弁当は、今後も食べられることなく、私達に核兵器の恐ろしさを伝え続けて行きます。

2015年7月14日火曜日

新緑の小布施にて 2

つづき
さくらんぼ狩りって今の短い期間にしかやってないそうです。まさに旬!
お店でパックに入って売られているものしか見たことがありませんでしたが、実際、こんな風になるんですね…瑞々しく美しい…まるで宝石が辺り一面 キラキラとぶら下がっているみたい。
お天気はあいにくの雨でしたが、ビニールハウスの中でしたので、濡れることなく思う存分食べられました。
時間制限はありましたが、食べ放題って…幸せ〜♡


ところで、実は小布施にはいつもお腹を空かせた熊さんの親戚がおりまして、ワイナリーをやっているんです。
殺虫剤 除草剤 現代除菌剤 何れも不使用の有機農法で葡萄を育て、無補酸、無補糖、天然酵母で発酵させるという…本当に手間暇かけて とても美味しいワインを作っています。
熊さんの従兄弟にあたる造り手さんが、醸造所の中を案内してくださったのですが、説明を聞けば聞くほど まるで哲学者にお話しいただいているように感じられました。
心血注いだワイン造り…葡萄の葉からいちいち青虫を手で取り除いたり…というか、ただ排除ということではなく、自然との共存も意識しながら わざと少し草を刈り残し、そちらに虫たちを移動させたり…。
現代の科学薬品などを駆使し、近代化を図れば手間は圧倒的にかからなくなるのでしょうが、それでは自分の理想とするものから遠のくということで、逆に昔の製法に近づけていっているようです。
自然の恵みに感謝し、自然と対話 共存しながら もの造りをし、提供する…という心を本当にひしひしと感じるとともに、彼の背中がとても大きく感じられました。

☆ 肩幅の広き従兄弟や葡萄畑


なんと、ラベルも手作りだそうですよ^ ^りんごジュースも信じられないほど美味しい!!
現在はワイナリーメインですが、もともとは造り酒屋です。美味しい日本酒を作ってました…というか、実は今でも少しだけ日本酒を作っています。
採算度外視、従って趣味の域だそうですが、これがまた絶品!
作る量がとても少ないので、市場に出るとあっという間に売り切れてしまうようですが…
フルーティーで、味わいがしっかり。鼻腔に抜けるふくよかな香り…
なんといっても、このお酒の名前ってば「サケ・エロティック」っていうんです。
本当に官能的な香り。ボトルもお洒落〜♡


お店ではワインなどの試飲もできます。たくさん試させていただいたら本当に美味しくって、思わずお土産をたくさん買って(お土産として頂いたものも多数…^_^;)…現在は

☆ 気がつけば酒いっぱいの冷蔵庫

おお!なんと幸せなんでしょう♡ 

2015年6月29日月曜日

新緑の小布施にて 1

雨にぬれ、青葉輝く季節になりました。
とは言え、梅雨独特の 何やら湿っぽい複雑な匂いが漂う今日この頃。
気圧が安定しない感じなので、せっかく綺麗な紫陽花が咲いているのを見ても ちょっと不調で生あくびばかり…

☆ 紫陽花を見て生あくびばかりして…^_^;

そんな中、あおいみみずくは 小布施に行ってまいりました。
小布施に行くのは初めてのことだったのですが、長野駅から小布施駅に向かう長野電鉄の車窓には ずっと果樹園が続いていて 本当に長閑。あまり見たことのない景色に癒されたぁ〜^ ^
葡萄 栗 葡萄 栗…時々りんごにあんず…そして、緑のなんて美しいこと…
梅雨らしく、少し雨がぱらついていたのですが、植物の緑は、雨にぬれると一段と明るく映えますね。

☆ 重なりて影さし合うや青楓


小布施は、天保の飢饉で娯楽が制限され、思うように絵の描けなくなって江戸を離れた葛飾北斎がこの地の豪農商 高山鴻山の別棟をアトリエとして長く逗留していた場所ということです。
そんな訳で 街の中心部には立派な北斎記念館があり、版画だけではなく、肉筆画40点あまりが展示されており、版画以上の迫力で迫って来ます。
特に この地で描かれた「龍」「鳳凰」や、「男波」「女波」(上町祭屋台天井画)という 北斎晩年に制作された天井画は、まだまだ 生気漲る 思い溢れる作品で、人間の魂の底力をまざまざと感じさせられました。

☆人魂で行く気散じや夏野原

これは北斎辞世の句です。死んだ後は、人魂にでもなって、夏野原を飛んで回ろうか…といった飄々としたものです。ただ 90歳で亡くなる際の臨終の言葉は

「天我をして五年後の命を保ためしや  真正の画工なるを得べし」
…天があと五年私を生かしてくれれば、私は本物の画工になれただろう…

であったということで、実際 北斎の肉筆画からは、身体は老いても 尚いっそう、上へ上へと向かいたい…という彼の情熱と迫力が伝わってきました。
因みに北斎は画号を色々と変えているようですが、最後の画号は「画狂老人卍」だそうで…^_^;
畏れ多いことですが、ちょっぴり親しみを感じたりして…


さて、小布施と聞いてまず思い出されるのは「栗」
でも、もちろん栗だけではありません。葡萄にりんご、あんずにさくらんぼ!
さくらんぼ狩りにも行きました。

…という訳で次回につづく

2015年5月25日月曜日

下北沢の朗読会

ゴールデンウイーク‥あっという間に終わってしまいました…というか、終わってからずいぶん日が経ち…皆様お元気でお過ごしでしょうか?
例年にない この時期の忙しさと暑さに あおいみみずくはちょっとバテております…が、ちょいバテくらいが いつもの体調だったりする今日この頃…寄る年波でしょうか?
色々バタバタしていて、あっという間に過ぎ去った5月。そんな中、中学時代の同級生との絡みで 楽しいイベントもありました。本日は下北沢で行われた朗読会のお話です。

「朗読三昧」と銘打たれたこの会は、俳優の金田賢一さんと 音楽家の丸尾めぐみさんがユニットを組み、定期的に行っていらっしゃる朗読会です。開催場所は下北沢のスタジオでしたが、毎回決まった場所でという事ではなく、横浜や目黒、築地など、その都度あちこちで開催されているようです。
今回の朗読は、松尾芭蕉の「おくのほそ道」や、山本周五郎の「かあちゃん」他。俳句勉強中のみみずくが初参加する会の演目としては まさにグッドタイミング!嬉しい嬉しい^o^
「おくのほそ道」は 何度か読みましたが、音に乗せた朗読を聴くと 今まで感じていたイメージとはまた違った世界観を楽しむ事ができました。


あおいみみずくは 「幽玄」という感覚が好きです。なので この「おくのほそ道」にもその感覚を求めてしまい、紀行文としてよりも
「墨染の衣を纏い 笠を背負った芭蕉と曾良が、西行法師の想いを彷彿とさせる 見えないものを見る旅…鎮魂の旅へ出かけた…」
という感覚で読みたく…。
これまでは どうしても行程の辛さや苦しさを感じさせる 平泉到達までの前半を中心に据えて味わっておりました。従って あおいみみずく的クライマックスは

夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡 (芭蕉)
卯の花に兼房みゆる白毛かな (曾良)

この「平泉」の後から 芭蕉の句は、ある種の軽やかさと諧謔的な味わいが感じられる様になります。考えてみると これ以降に沢山の名句と言われるものがあり、それこそ芭蕉の真骨頂のような…

蚤虱馬の尿(しと)する枕もと
閑さや岩にしみ入蝉の声
一家(ひとつや)に遊女もねたり萩と月

今回は ちょっとはしょった所もありましたが あらかた通しで朗読して頂けたので、改めて紀行文的側面や 諧謔的軽やかさを感じる事ができました。忘れていた感覚…
漂流する吟遊詩人といった感じの「芭蕉」は、幽玄と共にユーモア(遊び)も併せ持っていた…深くて軽い…。だからこそ いつの時代においても 市井の人々に受け入れられ、絶える事のない輝きを発しているのでしょうね。

雲の峯幾つ崩て月の山
蛤のふたみに分れ行秋ぞ

この二句は特に好きだなぁ…見えないものが見える気がする…


それにしても、こんな素敵な会に連れて行ってくださったのは、同級会で36年ぶりに再会した中学2年の時のクラスメイト(WAO!みみずくの歳がバレる^_^;)
その当時 会話を交わしたという記憶さえ無く…まさかこんな日が来るとは思ってもいなかったのですが…本当に不思議でありがたい事です。
縁は消滅してはいなかった…これも見えないものが見えた一種って事でしょうか…で 一句

☆ 時を超え酌み交わしたりハイボール

結局 最後は飲むワケです…^_^;

2015年4月26日日曜日

花満ち満ちる大通り

春もたけなわですね。東京も花満ちる春。
桜吹雪の後、街にはチューリップやムスカリ、芝桜など次々と咲き始め、現在は花水木が満開。街には花が満ちています。
日射しから始まった春が 色彩を持ち、実態を伴ってくる様を日に日に感じる今日この頃です。
国立(くにたち)の大学通りの桜を愛でて、その後 昭和記念公園で花の中を散歩する…というのが 毎年恒例のあおいみみずく的春の過ごし方で、もう かれこれ30回以上 このパターンで春を感じております。
国立駅は線路の高架工事に伴って、新しい駅舎になりました。
以前は北口と南口が分断されていて 行き来ができ難く 多少 不便でしたが、現在はすっかり自由に通り抜けできる様になりました。ただし、この駅舎のデザインは不満です。
以前の国立駅は赤い三角屋根の小さな駅舎で、大学通りから望む景色は 青い空をバックに可愛い赤い三角形が映え、長閑なのんびりとしたものでした。が、ある時 突然北口駅前に大きなマンションが立ち並び、その風景が一変。背景の青空がなくなりました。
それだけでもかなりショックでしたが、その後 三角屋根の駅舎は無くなり、機能的ではあれど 無機質な どこにでもあるような駅舎になってしまいました。
時代の流れとは思うのですが、寂しいですね…


今年の桜は 開花した途端、暖かい日がしばらく続いたので、あっという間に満開となり、満開になったかと思ったら、強い風に煽られて、あっという間に散ってしまいました。
桜並木を歩くと、とても嬉しいのですが、そこはかとない寂しさも感じてしまいます。
染井吉野の色が、少し灰味がかった控えめな色だからかしら…
春霞の中に咲く桜は まるで幻のようです。人の一生を感じさせらる…泡沫の夢…

☆ 灰色の空いつぱいの桜かな

初めて国立の桜並木を歩いたのは、一昨年に亡くなった友人と一緒でした。
高校からの親友で、何をするにも一緒。
大学進学を機に、共に愛知県から出てきて 東京の街をあちこち探検しました。
表参道も、竹下通りも、新宿も、上野公園の美術館も…初めて行ったのは 全て彼女とでした。
吉祥寺の喫茶店を巡り、煙草も吸わないのに マッチを沢山 集めたなぁ…
国立の大学通りを歩き、一橋大学の兼松講堂の前で写真を撮って、ひつじ工芸というお店で小さなガラス細工を買って…本当に楽しい思い出。
彼女が突然亡くなってから、春 国立の桜が咲くと、綺麗だな…っていう気持ちと 寂しい気持ちが入り混じります。今は 寂しさの方が勝るかな…

☆ 亡き友と語らひ歩く花の下


今年に入ってから 中学時代のクラス会のお知らせがありました。
愛知県での開催だったので、遠いし どうしよう…と 思ったのですが、開催日が祖母の法事の前日だったので、帰省がてら出席する事ができました。
それこそ35年ぶりに懐かしい顔に再会できて、古くも新しい方々と再び繋がる事ができました。
共に登下校したお友達と 再び会い 言葉を交わす事もでき、本当に嬉しかった。
クラス会の日は 3月7日。実は その日は祖母と亡くなった友人の誕生日だったんです。
友人とおばあちゃんが「これからも楽しく頑張れ!」って、エールを送ってくれたのかな…

☆ 熱燗や三十五年ぶりに会ひ

2015年3月29日日曜日

北窓開く

しばらくご無沙汰いたしておりましたが、その間 春はいっそう進んだようです。
いつの間にか 梅の花は盛りを過ぎ、木蓮は天に向かって花を開き、沈丁花の良い香りが街中に漂い始めました。
ただ 三寒四温とはよく言ったもので、近頃は「ちょっと暖かいかな?」と気を緩めた途端、次の日は冴返る…体調を整えるのが大変ですよね。
前回のBlogで「春は光からやって来る」と書いたのですが、春が深まって来ると 透き通ってキラキラしていた光が次第に濁って感じられます…「濁る」という表現は美しくないですね?…「霞む」の方が良いかしら?町がうっすら霞んで見えます。
日本語には「春霞」という美しい言葉がありまよね。
「霧」や「霞」とはウィキペディアによると、
「大気中の水分が植物の蒸散が活発化するなどの要因によって増え、気温の低下などによって微粒子状となり、目に見える状態になる。昼と夜の変わり目で気温差の大きい日に起こりやすい。」
とありました。
この状態は「春」という時期に特に起こりやすいので「春霞」という言葉があるのですね。
「春霞」という言葉の響き自体は大変美しいので、「大気中の水分が微粒子状になる」という事で一件落着としたいのですが…でもやはり 今の時期、埃っぽくありませんか?
春は秋と違って朝だけではなく一日中霞んでいる印象です。水分だけではなく、スギ花粉と黄砂と埃がモワッと一面に漂っている感じ…目がチカチカ痛いし 喉はガラガラ 髪の毛を毎日洗わずにいられない…これが「春霞」の正体だったりして…
スギ花粉というのは現代の困り者ですが、黄砂はずっと前の時代から飛んで来ていそうですよね。
そういえば、あおいみみずくが大好きだった NHK大河ドラマ「平清盛」…
画面に平安時代っぽさを出すために、コーンスターチを扇風機で漂わせて わざと白く霞ませた映像を撮った という話を聞いた事があります。
平安時代は道も舗装されてないし、火を焚けば煙モクモク…相当埃っぽかったで事しょうね。おまけに春は中国からの黄砂来襲。町はいちだんと埃でいっぱい…で、これこそが「春霞…」
「悪環境」を「素敵!」に変えてしまう、これぞ平安人の雅!…と、一人(一羽?)納得のみみずく…
それにしても、春って 気温も気圧も安定せず、喉イガイガで、調子イマイチ。桜が咲くという大イベントがなければ かなり憂鬱な季節だったりして…(^^;;


いえいえ 前向きに行きましょう!
冬の季語に「北窓塞ぐ」という言葉があります。
言葉の通り、寒風を防ぐために 冬の間 北向きの窓を板や鎧戸で塞ぐという意味です。
冬の間 閉めきってていた窓。春には開けましょう!
「北窓開く」…こちらは春の季語です。
あおいみみずくの住処から1分も行かないところから、富士山が拝めます。
春の霞に輪郭が少しぼうっとぼやけ、山の稜線は滲んで見えますが、その様子がとても穏やかな山の風情となっています。春の優しい富士山です。
みみずく家の北窓から見えると仮定して…

 ☆ 北窓を開け富士山を拝みける

え…なになに?うちのいつもお腹を空かせた熊が一句作ったって言ってます…?

 ☆ このところ頭の中が春霞

うーん…(^^;; 
あ!上の写真は「ボケの花」です (⌒-⌒; )

2015年2月17日火曜日

春は光から

2月4日は「立春」でした。
「立春」…文字通り「春の立つ日」なのですが、それからしばらくの間は まだまだひどく寒いし…
毎年 2月というのは なんとなく気持ちも暗く どんよりしていました…が、昨年より俳句を始めたあおいみみずく*\(^o^)/*今年の立春以降は やはり少し心持ちが違うような気がするのです!
俳句の季語に「春光」という言葉があります。この言葉を知っての今年…2月の光の見え方がいつもとは違うような…「春光」という意識で光を見ているからなのか、1月の光とは波長が違って感じられるのです。
何だろう…含まれているスペクトルが多いというか…煌めいているというか…
立春過ぎの2月9日に 群馬県の富岡製糸場に吟行に行ったのですが、その道中に車窓から眺めた風景は 春光を浴びて本当に輝いて見えました。
特に高崎駅から上州富岡駅まで乗車した「上信電鉄」の車窓から見た鏑川 (かぶらがわ) は本当に素敵!水面が春光を反射してキラキラ光る様は、うっとり見入ってしまう風景でした。
上信電鉄はのんびり ほっこりして 本当に癒されます。単線路なのかしら…?両側から藪がおっ被さって(!)来て、ちょっとドキドキする場所を通り過ぎると 急に目の前が開け、光る川が眼下に…かと思うと 農家のすぐ裏庭を通り抜け…垣根には真っ赤な椿が咲いていて…蠟梅に満作の花…電車の中は程よく暖房が効いて、春の陽射しは何となく熱く…
あおいみみずくの住処から電車で富岡製糸場に行くには、車だと割と近いのですが、電車だと かなり大回りになってしまうので、実を言うと 当日まで出掛けるのが かなり億劫でした。ですが、この春の陽射しを浴びた小旅行は とても気持ちの優しくなれる なんとも良い時間となりました。
目的地「富岡製糸場」も 世界遺産という事で歴史的にも価値があり面白かったのですが、みみずく的にはむしろ そこまでの道中の方が心に残ったかな(^^)
とはいえ、折角なので製糸場で一句

☆ 春光や工場前の丸ポスト


そんな経験をした後、我が住処に午前中射し込む この時期の光がとても美しい事に 今更ながら気がついた あおいみみずく…
ピアノの生徒さんが朝9時からいらっしゃる日があるのですが、彼女が弾くラヴェル作曲の「クープランの墓」が 窓から射し込む朝日と相まって、ちょっと涙が出てきそうになりました。
なんて美しい光…なんて美しい音楽…
春はまず 光からやって来るんですね。
あおいみみずく これまで嫌いと言って憚らなかった2月ですが、ちょっぴり好きになりそうです!